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58.待っている人達

的中することになる

 「……」

彼方の周りから音という音が一切なくなる

別にそれを疑問に思うことはない

それは彼方も含め音を失くしているから

そう考えていいと思う

紙のこすれる音以外、心臓の音さえも聞こえない


あっという間に何通目かの手紙を読み終わり

山のような中から手紙を取る

静かな空気が流れる中

誰もいないこの空間で彼方は何を見ているのだろうか

そしてまた次へと視線を移す


空いている窓が部屋に風を送り込む

微かな風がカーテンを揺らす

速瀬が開けたのか彼方が開けたのか

それとも元から窓は開いていたのか

さっきまで気付かなかったほどの風が

まるで主張を始めたかのように存在をあらわす


少し強い風が会議室を駆け抜ける

彼方の髪を揺らした

その心地よさに気付かないのかどんどんと手紙を読み進めていく

彼方の頬を通り彼方の読み散らかした手紙を揺らす

続く風の反動に耐え切れず静かに落ちる

促されたかのように落ちていく手紙



落とされた紙から見られる言葉

そこにはそれぞれ個性的な文字でこう書かれていた


 『音楽止めないでください…』


 『落ち込んでた私に元気をくれました』


言葉にすれば文字にすればあまりにも陳腐なもの

しかしそれに頼るしかできないそんな懸命さが綴られている

だが彼方の脳裏には表現できないものが霞んでは形にしていく


 『この前の新曲聞いてから貴方様のファンになりました。とても切ない詩ですね。でも幼い頃にあったその女の子をすごく大切にしていらっしゃるのが伝わりました…この歌がもう美しく育っているである少女に伝わるのを心から祈っています。そして応援しています。次の新曲楽しみにしています。』


大人の女性なのかとても綺麗に書き綴られていた

そして次の手紙に移る


 『音楽止めないで!!!?…引退しないで!!』


パラッ


 『私はデビューの頃から彼方さんのファンです。いつも貴方の歌を聞きながら家事に取り組んでます…今、貴方様がどんな壁にぶつかっているか、私には想像つきませんが貴方を待っている方々はたくさんいると思います。つらい事、悲しいこと、楽しかったことどんな些細なことでもいい…耳を傾けてくれるファンの方、周りに貴方を大切に思っている方々たくさんいると思います。信じてみてはいかがですか?不躾な手紙で申し訳ありません…ですがこの手紙が彼方さんに届くことを信じて送らせていただきます』


言葉が出なかった

ただ自分は子供なんだと思った

口先だけでは何とも言えるしって思える


 『応援している人たちを大切にしてあげて』


あいつの言葉で行動に起こしてみようと考えた

現に今、この気持ちはこの人たちに

俺は最後の手紙を机の上に置く

髪で隠れた俺の顔まったく想像がつかない

自分のふがいなさに幼さに…覚悟のなさに

まだ心のどこかに飾り立てた自分を見せようと

本気になっていなかった気がする

半信半疑だった気持ちが確信に変わった瞬間

落胆していた腕に力が入ったような気がする



カタンッ

しばらく経って彼方は静かに椅子から腰を上げた

それからこの部屋を出て行く時間はそう長くはなかった

どこにいけば会える 

どこに行けば見つかる

どこを捜せばいるんだろう

唯一つのことを考え出すとどうして人というものは他のことに関心がなくなる



普通に考えれば分かるはず

あの人がどこにいるかなんて…

速瀬さんが俺を見ていたのと同じくらい俺だって――

ドンッッ!!

スタッフの誰かにぶつかる

会議でもあるのか資料が廊下に散らばる

髪が地面真っ白になる程散らばる

 「ご、ごめん!!…急いでるから」

何人かにぶつかる

気にかけている余裕がない

普通に考えてみれば分かる

あの人が何処にいるかなんて

俺がこの世界に入ってずっと…


バタンッッ!!!

ドアを凄まじい勢いで開け放つ

 「速瀬さん!!!?」

向こう速瀬さんは無表情でそこにいた

それはさっきと変わらず

彼方とは初面識と言わんばかりの顔

 「速瀬さん!!俺に、俺にもう一度チャンスください!!…勢いで不順な動機で入った芸能界だけど堅い話なんてないかっこつける気もない単純に俺、音楽が大好きなんです…どうしようもなく好きなんです!!聞いてくれるファンの子達の笑顔も俺の歌を応援してくれる人たち皆もどうしようもなく大好きです!!」

 「……」

走りこんできた勢いで椅子が倒れる

そんなこと気にしてる場合じゃない

 「俺は、そんな本心を6年前の事だけでうやむやにしてた!!」

彼方は頭を下げたまま顔を上げない

そんな彼方を見下ろすだけの速瀬

 「そんなことにいまさら気付くなんて…本当馬鹿げてるけどだからこそこの一瞬にかけたい…俺にチャンスをください…どうかお願いします」

 「………」

 「お願いします!!!」

時が止まった

一気に言葉を放ったからか頭がボーっとする

だけどこの人の言葉だけは逃すわけにはいかない

頭を下げたままその時を待つ



……………。 



 「話はそれだけ?」

変わらない言葉が彼方の脳裏にこだまする

 「もう言いたいことは言い終わった?」

ハイヒールを鳴らすと出口のある彼方の方向へと足を進める

 「そう…じゃぁ」

ゆっくりとカーテンに手をかけた

 「なら、外見て御覧なさい」

 「え…?」

瞬間思いっきりカーテンを開ける

思考回路は一瞬停止した

 「聞こえなかったの?…外よ」

彼方は言われるがまま速瀬のいた窓のほうへと足を向ける 

窓の外には想像もしないことが起こっていた


 「…!!」


 「な、に?…」

視線を向けた下にはたくさんの人だかりが出来ていた

お互いが押し合いへし合い

われこそ先へと足を踏み入れようとするが

警備員に止められ絶叫を増す

そこでは微かに聞こえる

窓は閉めたままなのに…

 「誰かに見られていたのね…貴方がここに入っていくのを」

聞こえる微かな声が

だけど今の彼方にとって微かなんてものじゃない

…彼方…彼方ぁ!!


彼方っっ!!!


 「…っ!」

ファンの声が耳に入っていくたび心臓が早鐘を打つ

無意識のうちにこぶしを握り締めていた

 「もう、俺には無理なんですか?…皆の前にステージの上に立ちたい。…そのためには速瀬さんが必要なんだ。」

光景が見える窓にこぶしを押し付ける

 「覚悟はさっき聞いたわ。だけど貴方に出来るの?過去の出来事全て忘れて貴方を愛する全てのファンを貴方の方から愛することが出来るの?」

彼方は言葉を濁さずはっきりと言い切る  


 「はい…」


瞳に迷いがない

その姿を見ているのか速瀬はなにも答えない

沈黙は速瀬の軽いため息で打ち消された


カツン…カツン


音の呪縛からとかれた

目の前から歩いてきている女性の足音は軽快だった

 「は、速瀬さん?」

 「空いてるの…残念ながら暇もてあましてるの」

 「………?」

彼方の脳裏にハテナマークが現れる

久しぶりに見た速瀬の笑顔は少し苦笑いも混じっていた

 「担当外れたの…っていうか担当の子この間辞めて行ったわ。まぁ、さほどいい人材じゃなかったからいいわ。はぁ〜考えの範囲内には入ってたけどまったくの根性なしだったわ」

 「……」

 「少し、怒鳴ったらすぐこれよ」

気のせいか少し怒りも混じっている

 「そりゃそうでしょ…」

 「何が」

 「速瀬さんみたいに一癖も二癖もある人一般人じゃ扱えるわけがない」

彼方も自然に笑顔を見せる

 「失礼ね…人を猛獣にみたいに」

 「あながち間違ってないかと思うけど」

失言だと思って口を塞ぐが遅かった

 「軽口も大概にしなさい?彼方。私は…怒鳴って怒鳴って怒鳴り散らかしてもついてくる子じゃないと張り合いがないし先も渡っていけないわ…ただの軽い気持ちで入ってこられても迷惑なだけ。イジメ抜いてさよならよ」

 「………」

 「貴方は違うんでしょ?私はそう信じているわ…あの子達が」

窓の外に視線を向ける


 「貴方を信じて待っているように・・・」


そういい終わると懐かしく感じる優しい笑顔を向けた

それは幼い頃動機は不順でも頑張った彼方に見せた笑顔に似てる

 「…速瀬さんらしくない。な?」

誰に疑問を投げかけているにもかかわらず目配せする

速瀬はフッと口の端を上げる

窓から彼方の傍から踵を返す

 「そうね、私らしくないわ…まったくよ」

離れていく後ろ姿はどこまでも嬉しそうだった

まるで彼方がここに来ることを知っていたかのように

こうなることを知っていたかのように

彼方はもう一度窓の向こうの人達に

 「彼方…っ彼方!!」

呼ばれていることに気がつき振り向く

 「何をしているの!!これから記者会見するのよ…ボーっといつまでも立っている場合じゃないの。早くしなさい」

そして気がつけばいつもの速瀬さんに戻っていた


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