57.速瀬の思惑(後編)
すぐには会議室を後にせず
近くの椅子へと座った
何だか離れたくない気分だった
身体は予想以上に重く彼方の気持ちを罵る
「…はぁ」
軽くため息はついてみるものの
現状は考えるよりさらに重く感じる
彼方の頭から速瀬の言葉が拭い去ることはなかった
カタンッ…
重い腰をあげさっきまで速瀬が見ていた景色を見つめる
近くにある手すりに肘をついた
『失望』『裏切り』『落胆』
何度速瀬さんにそんな思いをさせていたんだろう
速瀬さんらしくない言動や行動
時々見せてくれていたから分かっていたはず
どんなことを言っても受け入れてくれた
6年前俺が大事な仕事をすっぽかして逢いに行った日も
熱出して帰ってきた俺に厳しい言葉の後優しくタオルを額に当ててくれた
今回それが通用するなんて心のどこかで思ってたなんて
甘い…そういわれても仕方ないのかもしれない
いつも叶える俺に異常なほどの執着心があって
度が過ぎたことをしてきたかもしれない
けど、速瀬さんの言ってたことは
勝手や我侭じゃなくいつも事実であり真実だった
子供な俺にちゃんと合図を送ってくれてたんだ
思わず頭を伏せる
『興味のなくなった者の面倒を見るほどお人よしじゃないわ…』
興味のなくなった者…
あの人に言われるのがこんなに辛いだなんて
昔の自分からは考えられない
今、冷静になって分かる
速瀬さんがいたから俺はここまでやってこれた
それだけじゃない…
俺について来てくれた数多くのファンがいたから
『音楽止めないでください!!』
素花ちゃんの言葉が心に刺さる
コンコン!
伏せていた顔を上げる
周りを見て自分しかいないことを再確認する
少し間が空いたが返事をする
「はい…」
ゆっくりとドアノブが回った
「失礼します。あ、本当にいらっしゃってたんですね…。」
「え?」
相手の発言に目を白黒させる
「あ、いえ…あの、すぐそこで速瀬さんに会いまして彼方さんにこれを」
さっきから彼方の視界に入ってた荷物を机に置く
彼方は側へと歩み寄った
「何、速瀬さんから?」
「あ、あの…彼方さんの忘れ物を届けてくださいと。」
女性のスタッフは申し訳なさそうに話す
「そうか。」
「じゃぁ、私はこれで…」
ドアノブに手をかける
「あぁ…ありがと」
振り返り軽くお辞儀をすると静かにドアを閉めた
窓から手を離すと持ってきてくれた荷物を目にする
「…忘れ物、か。」
近くの椅子へと腰掛ける
中には様々な私物がまじっていた
触れる程度に箱に入っているものに手をつける
その間言葉なんてなかった
後悔とか落胆とかそんな感情で固まらない
取り返しのつかないところまで…
彼方にこの前まで嫌というほど付き添っていた彼女
心のどこかで思っていたのかもしれない
速瀬さんは何があっても俺と一緒にいてくれる
そんな甘い考えを持つ人じゃなかった
前から言っていた耳にもしていた
使えない子は切り捨てると…
彼女はそんな考えを実行したまで
必死に謝ればとかそんな考えこそが
もう俺は…ここにいる資格がないのかもしれない
何処までも速瀬さんを無視して
裏切ってここまで自分を追い詰めた
気付けばそこまで結果が出ていた
だけど!!
って思うこの気持ちもこの世界を甘く見てるのかもしれない
だとしたら…俺は笑うしかない
椅子の背中に身体を預けようとすると
箱の中にまた小さな箱が入っていた
「…あれ」
そこには見かけないものがあった
綺麗な白い小箱に確かではないが手紙みたいなものが入っている
それは小さな箱にぎっしりと入っていた
「これ…」
彼方には見覚えがないのか
手にとって確認
「手紙?」
分かっても私物でないのは確かだった
しかもそれはぎっしりと隙間なく入っている
その手紙に手をかけた
手に触れたとき予感はした
この手紙の正体を…
それは的中することになる