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54.それぞれの夜

私はゆっくりと受話器を下げた

軽く深呼吸をする

 「本当にこれでいいのかよ」

 「いいの。これが私が出した答えだから…」

どんな目をマコに向けているか分からない

きっと酷い顔してると思う


けど、いいんだ…


どんなにマコに心配掛けたって

我慢する必要なんてない

 「マコも今まで…ってこれからもなんだけどありがとね!!」

 「満春!あ、あのさ」

言いかけようとするマコの言葉を遮った

 「ありがとついでに…もう少しだけ身体貸して貰って良いかな?」


もう…何にも左右されたくない


私は静かにマコの身体に寄り添った

 「……――――。」

マコは何も答えない

何を言いたかったのかも分からない

けど、寄りかかった途端マコは何も問わなくなった

今はとにかく瞳を閉じたい




頭にはっきりと映る

今もまだ鮮明な私と…奏汰くん

彼が歌ってる隣で私は眠ってる

5歳年上の隣に住んでた少年

年上だから大人びた一面もあって

すごく優しくてだけど涙もろくて

彼は公園遊ぶのが好きで絵を描くのが好きで…

何より歌うのが大好きで

その隣で聞いてた私自身も大好きだった


引っ越しなかったらどうなってたのかな?

6年前会えてたらどうなってたかな?

昔に戻りたいなんて思わない

きっと引っ越ししてなくても

約束をしてなくても…

例え何もなかったとしても

彼は音楽を夢見ていたんだから

歌いながら向ける澄んだ眼差し

そんな奏汰君が今でも好きだから…

額から一滴涙か落ちる


…私は忘れなくちゃならない…







彼方は受話器片手に力無く笑んだ

 「まさかこんなことになるなんて…」

さっき満春からの最後の電話が終えたところ

力なんて当に尽きてる

今朝スタッフを殴った拳が痛い

さっき怒りまかせに壁を殴った拳が痛い

八つ当たりにも似たどうしようもない自分


 「…なにしてんだか」


言葉なんてとうにつきてる

本当に終わったんだな

今度は確実

6年前みたいな意味も分からない結末じゃない

しっかりと聞いた満春の声で

どんなに間違いであればと考えたが

考えるだけ空しさが増す

しけた笑いが無意識に零れるだけ


ベットに横になる

何を見るでもなく普通の家よりも

少し高いマンションの天井を見つめる

さっきから腕の力も話す言葉さえも失くしてるのに

何でか不思議だ…

頭だけはフル回転で動き続けている

他の誰でもない満春の声だけが部屋を支配していた

速瀬の言葉が脳裏に浮かぶ


 (そういえば速瀬さんに『彼女の気持ちが分からないの』かって言われたことあるな…)


気持ちが冷静になっていく


 『音楽好きでしょ?…今のかけがえのないパートナーになってる』


歌が…俺のパートナー?そんなこと考えたこともなかった   

俺は今まで必死だったんだから

なんて今となったら自己満足なんだけど


 『幼馴染としてしか見てなかったみたい』


ひたすら耳に響く声は木霊したまま

 『音楽好きでしょ?』

 『はしゃいで飛び回るライブやテレビの彼方君を応援したい…』

 『音楽は今の彼方君にとってパートナーなんだってこと…』

鳴り止まない言葉を連呼させる

 『また戻って』

 『ファンの子を信じてあげて…』

お前は逢っても電話先でもそればかり

だけど何より満春らしい

最後は綺麗事ばかり並び立てて

お前は何様のつもりなんだ…

昔からそれは変わらない

自分の話をしているのにいつの間にか俺の話になってる

二人の話をしているのにいつの間にか皆の話になっている

俺の話なんて気にも留めてくれないんだ

いつもいつも周りを第一に考えて

そんな偽善者で天然な彼女が好きだった



 『信じてあげて…?』



彼方は途端に飛び起きる

止まない言葉はいつも間にか聞こえなくなっていた

 『……』

まるで彼方の結論に納得でもしたかのように

 『これで最後…』

はっきり言って半信半疑だった

だけど彼女のそんなところが好きだったっていうなら

最後の約束…守りたい



なんて俺も立派な偽善者だ…



静寂な夜は彼という存在を忘れたかのように過ぎていく

そんな中彼方は掌を見つめた

何か見えるのだろうか

真剣な瞳で掌を貫く

ギュッ…

そして強く今までにないくらい握り締めた


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