53.『大好きだよ…ずっと』
どれくらい…泣いてたんだろう
瞼はとうに腫れていたし
涙ももうでないだろう
「ありがとう…すっきりした。」
ゆっくりと顔を上げる
「ずっとね?がんじがらめになってた…これ以上はマコには迷惑掛けられないって今まで心配させてきたから…だからなるべくマコの前では笑っていようって」
マコが望んでいた昔の私
「必死になってた…だけどそれが結果的にマコの心配の種になっちゃって…いつでも程良い私でいたいのに…上手くいかないや」
「今日ね、ボウリングの時それを感じた…こんなにも不器用なマコに無理させちゃってるって…」
腫れた瞼で笑う
視界は開かない瞼を映しぼやけていた
だけど何も苦痛は感じない
「…ぐっ」
痛いところを突かれた表情
「はははっ…いつだってそうだった。マコは不器用だけど必死に他人のことなのに頑張って…全然ねマコの気持ち汲んでなかった。ごめんね?だから思い切って全てを話すことにした。お陰でね…もうすっきり」
「…そっか」
マコは硬くなった肩を下ろした
と同時にさっきまで静かだった部屋に
プルルルルルーーーー
電話の音が鳴り響いた
「…え」
どっかで音がした
これは電話の音
私は手探りでカバンの中を捜した
それは一定のリズムで持ち主を呼んでいた
画面を見ると予想通りの相手だった
タイミングがいいのか悪いのか
「誰から?メール?」
「うぅん、電話…彼方君から」
隠す事無くすんなり答える
迷わず受話器ボタンを押した
「おま!!声…っ」
嗄れて涙声になっていた私の声
マコの顔は見なかった
言いたいことが分かったから
電話のみ耳を傾ける
「もしもし…?」
当たり前の挨拶を交わす
『満春?俺だけど…あのさ、今朝電話くれた?』
「あっ、うん…忙しかった?」
『お前からまた電話来るとは思わなかった…』
久しぶりの声に挨拶していられる余裕はない
だけど素直に涙は出てくる電話の向こうの低い声に…
『あぁ、まぁ…色々とごたごたと…ってお前、声おかしいぞ!風邪か?』
「…あ、はは」
当然って言えば当然のことを言われた
『泣い、てたのか?』
嫌な沈黙が走る
彼方君は私の返事を待っていた
「今日電話したのはね。昨日ニュースで流れてたんだけど…」
『あ、あぁ…』
「どうして?」
そんなこと知ってる
だけどわざとらしく分からない振りをする
『何でって…もうさ、意味ないから音楽やってても』
冷たい言葉が受話器から背筋へと伝わる
「私、言ったよね?…」
『…っ!!俺は』
「…あの時は子供だったんだよ。現実をちゃんと見て?何人の人が貴方のこと必要としてるかか…。これは私達だけの我が儘だけじゃ許されないの。」
速瀬さんと遊園地であったときのことを思い出す
彼方君は彼方君なりの愛し方があるんだって
彼はまだ気付いてない
「それに、私思った…音楽好きでしょ?確かに始まりは不純な動機だったのかもしれないけどこの前ね…偶然速瀬さんを会って話してそう思った。貴方も一人一人のファンの子を大事に想ってて…音楽は彼方君のかけがえのないパートナーなんだって」
何故か自然と言葉は繋がっていく
それを黙って聞いている彼方君とマコ
だけど…それを理解しても
私、一人じゃ抱えきれないものってたくさんある
「いきいきとはしゃいでライブやテレビで飛び回るそんな彼方君を私は応援したい。」
『………』
「それに」
だけど必死で言葉を拾い集める
「それに…ここ最近冷静になって考えたんだ。私、幼なじみとしてしか見てなかったみたい。前にも言ったよね?初恋の人に再会してまた恋に落ちましたってヤツ?…結構いるけどその場の流れで運命みたいに感じてつき合っちゃったりとかするのあるじゃん…結果冷めるのも早いってパターン!!それみたいだったんだよね私っ…」
喉から出そうになるものを理性で止める
『それ本気で言ってるのか?』
マコは私の持っている受話器をただ見つめるばかり
息を呑んで彼方君の返事を待った
『そっか…』
「こんなの意味ないよ…今からでも遅くない!芸能界に戻って?昔大好きだった音楽に」
『………』
「昔、よく2人で絵書いたり歌うたったりしたよね?…あの時の大好きなものにひた向きに打ち込む奏汰君の瞳が私、好きだった…それはね今でも好きだから。ねぇ?気付いてた?奏汰君が嫌ってたファンの子を貴方は立派に愛してしまった…『彼方』を活かすエネルギー源になってるってこと」
これは速瀬さんと話して出した結論
『エネルギー源?』
「ファンからの言葉…私が記憶なくなってから支えてたはずだよ?」
それを私の心臓は良く理解していた
結果がどうであれ支えていたのは
周りにいるたくさんのファン
『これで、最後…なんだな?』
「ありがとっ!今まで私の事捜してくれて、嬉しかった。本当に嬉しかった」
『………っ』
息を無理矢理飲み込む音が聞こえる
そんな軽く嬉しかったって言える自分が悔しい
私にとってそんなものじゃない
「私を想ってた以上にファンの人達…信じてあげて?私も遠くから応援してる」
友達として一番言いたかった言葉
大好きな人に対して一番言いたくなかった言葉
私の口から流れていく
昔は本当に酷い目に遭わされたけど
人間不信にもなったりしたけど
それは全部愛情の裏返し
貴方のファンになってから気持ちが分かった
きっと私が記憶を失ってなかったらこんな結末にはならなかっただろう
だけど私はこれで良かったと思う
ツーツーツー
彼方君の声は聞こえなくなった
「大好きだよ…ずっと」
聞こえなくなった電話口でそう囁く