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52.一枚のCD

ポーリングの帰り色んなところを見て回った

いわゆるウィンド何とかってヤツ

そのついでに一つのCDを買った


 「ねぇ、マコ?今日またマコんち行っても良い?」


そんな断る理由がないといった感じでピースサイン

私は軽く笑うと足はマコの家を目指していた





 「何?…また今日も勉強会やろっていうの?」

もう場所はマコの部屋

上に羽織っていた上着を脱ぐ

 「うぅん…違うんだ」

マコの言葉は返ってこなかった

少しおかしな沈黙が続く

 「あっ…今、あれ飲み物持ってくる。ちょっと待ってな?」

 「・・・あ、うん」

慌てたマコは部屋を出て行った

言葉のあいだあいだに入る不自然さ

 「確かあったんだよ…昨日買いだめした残りがさ」

ドアが静かに閉まった

私は一人取り残されている

その時間が長くはなかった

何か急いだようにマコは盆も持たずに扉を開けた

 「あいよ!」

そう言いながら私にコップ八分目まで入ったコーラーを差し出す

 「あ、ありがとっ」

 「………」

 「さっきまでとは打って変わってだな。どうしたんだよ」

あの時から決心していた

 『とりあえず今ははしゃぐぞーーーーーっ!!!』

全てあの時から心は決まっていた

だってうやむやも何もかも全部あのボーリング場のチリにしたんだから

 「実はね…」

カバンの中からさっき買ったCDを取り出す

 「あ、マコデッキ借りるよ?」

部屋にあるCDデッキに手を掛ける

 「ずっと避けてたことがあって」

再生ボタンを押す 



そこからは聞き慣れた懐かしい声が歌声となって耳に入ってくる

その瞬間私は震える手を足を全身を必死で抑えた

 「…これ」

 「そう!彼方君の曲。さっき買ったヤツ」

私はとにかく笑った

 「マコには言ってなかった、よね?」

これを言っちゃうと私の全てが崩れる

今まで張りつめて私を造っていた壁が全部

全部壊れてしまう

でも、今の私はこの場で壊すことを望んでいた


 「これ、ね?私のために作ってくれた曲、なんだよ」


人間とは不思議なもので

決まったキーワードを口にすると

途端に涙を流してしまう


…私に作ってくれた曲


それは自分が触れずにいた膿であり

それに気付かない振りをした末路

心臓が心が止めてくれって賢明に叫ぶ

私はそれを断固として拒否していた

 「なんか何から話して良いのか…分かんないなぁ。」

涙に邪魔されたくなくて髪を掻く

 「いいよ…ゆっくりで」

ここにまたマコの優しさが一つ浮き彫りにされる

 「ずっと聞きたくなかったんだ…この曲、昔をさ…思い出すから。どれだけこの曲を貰った時に嬉しかったか思い出すから…これね、私が記憶を無くしてた時に奏汰君がくれたものなんだ」

歌詞が頭に染みわたっていく


いつもの彼方君の歌声じゃない

切ない感じの声

それが痛いくらいに心臓に伝わって涙に変わっていく

 「それで私の記憶は戻った…言うなら現在の私になった曲」

 「………」

 「だけどね?…同時に怖くなったんだ。一時だけだったけど周りと同じ『ファン』として奏汰君を見てた時があったから…彼の良いところにドキドキしてハイテンションな時にワクワクしてしんみりした時は涙して」

言葉をつないでいく

 「一緒になって騒いでた。気付いたら…周りを見てみるとたくさんの人が色んな形で彼方君を愛してる…想ってるって状況を見たら居たたまれなくなって…ただぼんやりと6年も記憶なくしてた私にこの曲資格がないような気がして彼の前から姿を消した…」

 「………」

 「昔、『近くに居られない分僕が満春ちゃんの近くにいる』って…」

脳に甦る遠い記憶


 『僕、歌手になる!!満春ちゃんの側にずっといるから!!』 


………。

マコに話したことのないことだった

 「小さい頃の口約束こんな事になっちゃうなんてね…笑っちゃうよね?!でも真剣っ…だったんだ、よね…」

消えたはずの傷跡が痛む

それは心かそれともあの6年前のことか

だけど覚えてる…ジャケットの擦れる傷の痛みは…

彼女達の痛み

私は着ていたスカートを握りしめ精一杯に笑う


 「満春…」


分かってしまった…

ほんとはサヨナラしたときから気付いてた

だけど気付くわけにはいかなかった

これは隠してなきゃ

きっと私は明るくみんなの大好きな笑顔になんて還れない

私はその扉を開く

 「だけど好きなんだよっ…最後にあった日のことが忘れられない…まだどうしようもなく好きなんだよっっ!!この気持ちは何処へ持っていけばいいのか分からない」

 「…み、はる」

止められない涙をマコの身体にしがみつく事で絶える

 「っく…ぅ」

 「……」

 「もうテレビの中だけじゃ近くになんて…感じられないよぅ」

それは至ってわがままだった

彼は手の届かない人自分で自分に言い聞かせる

それは誰のせいでもない

自分達がやってしまったことだから

約束さえしなければ奏汰君は近くにいた

何年も離れていたとしても…

だからこれはただのワガママにしかならないことを知ってる


もう何も語らなくなったデッキ

今までにないくらいの小さな声

マコは何も言わずに私の背中を撫でていてくれた



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