5.歌をうたう男の子
「本当にお引っ越し…しちゃうの?」
もう聞き慣れた声が頭に響いた
今度の夢は姿が見あたらない
「…うん。」
「やっぱりママ…パパのところにお引っ越しするって」
「………。」
「だから、ごめんね」
声だけでもう分かる
いつも見る幼い男の子達の夢だ
「そうなんだ…本当にお引っ越し…するんだね」
「うん…」
何か寂しげな印象を受ける
「ずっと…ずっとバイバイじゃないよね…いつもせんせぇ言ってたよ!!『バイバイ明日はまたオハヨーと元気にあいましょう』って」
「……」
「あたしだって分かる明日じゃないけど…またオハヨーって言える…よ、ねぇ?」
所々沈黙が走る
男の子は力無い返事をする
「…うん」
「じゃ今!!…じゃ今笑ってなきゃオハヨーできないよね!!…約束!あたし頑張る!!泣かないよっ」
女の子の声は今にも崩れそう
笑っているはずの少女の声は震えていた
「だから笑って?…奏汰くん」
「…うん」
さっきより声が力強くなった
「遊園地また行こうねお化け屋敷怖いって言わないから!!動物園もこの間いなかったタヌキさんにまた会いに行こう?約束した海にも…この間食べたケーキとっても美味しかったね!!ブランコ横取りしてごめんね…それからまた今度会った時お歌聞かせてね…奏汰くんのお歌あたし大好きだから」
女の子の明るい声一色になる
それを聞きながら男の子は声を整える
「歌って欲しいお歌たくさんあるから必ず!!」
「じ、じゃ…僕、行くね!!」
あっ…姿が見えた
何も見えない空間に見える姿
2人共向かい合ってる状態になっていた
元気な声が混ざり合う
そして静かに少女に背を向ける
「この間!!奏汰君が教えてくれた歌もう覚えたよ!!」
一瞬動きが止まったが
少しずつ少しずつ歩き出す
「あ…あたし今度、聞かせてあげる…から!!だから、絶対に」
少年は背を向けた
小さな足で着実に少女から遠ざかっていく
歩く足はかすかに震えていた
「ママに怒られたとき…ひっく!!一緒にごめんなさいしてくれてありがとう!!かくれんぼしてた時一番にあたしを見つけてくれてありがとう…っ。嫌いな人参食べてくれてありがとう」
一歩、二歩、三歩…四歩
その足音が響く鳴り度に女の子の目から雫が落ちる
「それから…それからぁ〜!!大好きなお歌聞かせてくれてありがとう
それ以上声にならなかった
「…っく、ひっっく…ふぇーん!!ありがとなんて言いたくないよぉ〜奏汰くん」
一雫、二雫、三雫…四雫
そして男の子の耳には遠のいていくすすり泣く音が響いていた
遠くなっていく距離と違い…
男の子の耳ですすり泣く少女の声はどんどん大きくなっていく
切なさと一緒に涙を一生懸命堪える
耐えきれず精一杯の力で振り返る
「僕!!僕…お歌うたう!!」
「…か、奏汰く…ん?」
泣きじゃくった顔を向ける
だけど少女には涙で霞んで見えなかった
でも少女の大好きな声は霞む視界の中鮮明に聞こえる
「僕たちの大好きなお歌で……僕歌手になる!!望みをかなえよう?僕…頑張って頑張って!」
「……っく!」
「頑張るから!!約束する…」
少しずつ少しずつ
遠ざかっていた距離を縮めていく
「だから…泣かないで?…泣かないでよ」
静かに足を速めていく
決して早くはないが懸命に距離を縮めていく
そして幼い手で少女を抱きしめる
今にも不確かな約束でも幼い2人には十分だった
とても確かなものに見える
必死に抱きしめながら言う
「だから…泣かないで!!満春ちゃん…」
えっ………!!
…ここは何処?
真新しい蛍光灯が見える
辺りは全体的に白く彩られていた
ん…?この匂いは、消毒液の匂い?
私はそっと瞼を開いた
「…あ」
ここは…保健室
というか医務室っといった感じかな?
確か私は会場にいたはず
どうしてこんなとこに…
あっ、頭が…でも痛みは引いてる
そうか…私、会場で倒れたのか
思い出すと再び頭痛が起きた
あの時ほどの割れる様な痛みはない
言うならば後遺症みたいなもの
誰かが運んでくれたのかな?
フッとうっすらと感じていた消毒液の匂いが鼻につく
額に乗せてあるタオルを取りゆっくりと身体を起こす
「…った!!」
何処からともなく声が聞こえた
声がした方向へと顔を向けるとますます消毒液が強くなった気がした
怪我をしてる男性とそれを手当してる女性…
「それは痛いのは当たり前だわ」
「そんなに怒んなくてもいいんじゃないの…ったくいつもピリピリしてんだから
速瀬さんは…」
速瀬と呼ばれる女性はイライラした表情をみせる
今、男性が言った言葉通り
あの女性は見た目通りのきつい性格をしてるようだ
さっきから容赦なく攻撃的な言動をしている
「怒んないでって…前もそう言ってたでしょ!!貴方は彼方…自覚があるの?!」
今、彼方って言った?
思わず彼方と呼ばれる人を凝視してしまっていた
「今回は人助けだよ…速瀬さんだって見ただろう?目の前で人が倒れたんだぜ…ほっとけるかっつーの」
男の方も負けじと反論していた
「いい!?それは貴方のする仕事じゃないわ!!…警備員のする仕事よっ…貴方がステージから降りたことによって混乱は招くし彼方は彼方でファンの子にもみくしゃにされる始末!!意味がないじゃないの!!…より状況を悪化に導いただけ。貴方の場合声と身体と顔は大事な商品なの!!軽はずみな行動は控えてってあれほど!!ちょっと…彼方何処行くの!!」
欠伸をしながら男性がこっちへと向かってきていた
一部始終を聞いていた私はただ見ることしか出来ずにいた
きっとやんちゃであろう男性が私の顔を覗きこむ