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41.忘れられない

殺風景な屋上

煎れてから随分経つコーヒーをただ見つめていた

何かを考えているけど

考え事が多すぎて頭がいっぱいになる

ただただブラウンに染まった良い香りのコーヒーを

無表情のまま見つめる

辺りに吹く風がカップの中身を揺らす

自分の顔が一瞬歪む

だがそれから目を反らすことはなかった


 「こんなとこにいたのね…捜したわ」


凛としたいつも緊迫感のある声

彼方はその声の主へと顔を向けなかった

声だけで分かってしまう人物だから

長い髪をかき分けながら問いかける

 「珍しいわね…貴方がこんなとこにいるなんて」

と、速瀬は辺りを見渡す

さほど高くはないがそれなりの景色が見渡せる屋上

 「クスッ…さしずめ一人になりたかったってとこかしら」


コツン コツン コツン


心地いいヒールの音で彼方との距離が近づいているのが分かる

すっと伸ばした手は彼方の隣手摺りに届いた

無言のまま横で立ち止まる

 「ここだと誰にも邪魔されずに考えてられるものね…人も来ないし、雑音もあまり聞こえてこない」

ささやかに吹く風が速瀬の長い髪を揺らす

彼方は変わらず手元を見つめていた

 「今は私の声も雑音に入るのかしら?」

 「速瀬さん…次の仕事まで時間あると思うんだけど」

それは半分拒絶の言葉

速瀬は密やかに微笑んだ

 「クス、どうやらそうみたいね」

その疑問による返事は返ってこない

 「まぁ、いいわ…貴方に言いたいことがあってきたの。の貴方評判悪いの知ってるわよね?」

彼方の方へとチラリと視線を向ける

だか、その表情は何も変わらなかった

 「このままでは困るわ…公私混同はしないで…しっかりとした気持ちで仕事をしてちょうだい。」

口調が厳しいものへと変わった

それはプロとして彼方を見つめる瞳だった

 「いい?…分かったわね?」 

綺麗な黒い髪が怒っていることを知らせてくれる

洋服をひるがえすとさっきよりヒールの音を鳴らせて歩く

音が遠ざかろうとしたとき彼方の声が耳に入った

 「…じゃぁ、意味ないでしょ」

 「………」

 「辞めさせれば?」

速瀬の歩きが止まった

 「こんなの必要ないでしょ?」

彼方は振り返らず言葉を投げかけた

なんの感情も感じられない言葉で

ゆっくりと速瀬は再び振り返った

 「なんですって?」

吐く息を絞り込むように発する

途端に速瀬は力の限り彼方に歩み寄った

 「こっち向きなさい!!彼方!!」

怒り任せの剣幕は隣のビルにも聞こえそうだ

だが、それを気にもとめない速瀬は怒りをぶつける

 「辞めさせればっていったんだよ!!!…」

 「……っ!!

 「こんなんじゃ必要ないだろ??!役立たずだろ!!だったらさっさと他に行けよ!!あんた得意だろう…それにこのままじゃ俺はここに来た意味がない!!必死に頑張ってきた意味がない…音楽だって満春がいたからやってこれたんだ。まさかこんな…ことのために」

彼方は速瀬を振り払い勢いよくまくしたてる

手元にあったコーヒーは無惨に地面へ落ちた

コロコロと転がっていく紙コップは音をたてて屋上から落ちていく

それがまるで奈落の底のように

だが、それを見ることなく速瀬は黙って聞いていた

眉間に隠せないしわを寄せながら

 「俺は満春の側にいたいんだ…だから俺がその仕事辞めればあんな事件も起きなくなる…。」

彼方は言い終わったのか視線を足元へと向ける

速瀬は今までにないほどの落胆を憶えていた

 「本当にそう思ってるの?あなた…本当に満春さんの気持ち分かってないのね。まったく失望した…己の気持ちしか見えてないのね。記憶が戻っても尚貴方にうち明けなかった理由が分かる!!」

彼方は驚いた表情で速瀬を見つめる

 「記憶が戻った…?」

 「分からなかったでしょうね…今の彼方に分かるはずがないわ!!記憶が甦ってたことも!今の満春さんの気持ちも!!!?」       

何故か速瀬の瞳から涙がこぼれ落ちた

それは今の彼方の目で分かるくらいに

 「は、やせさん…?」

フッと我に返り彼方に背を向ける

だけど明らかに速瀬の頬は濡れていた

何も交わさないまま風が吹く

彼方はそれ以上何も言えなかった

 「勝手にすればいいわ…」

それだけ言うと速瀬はゆっくりとヒールを鳴らし始める

空しく吹く屋上の風に頬を浸しながら


何故他のところに行かないのか気づき始めていた

どうしてこんなに執着するのか

それは速瀬の脳裏が物語っている


 「速瀬さん…」


出口へと歩く速瀬をただ見守っている

あまりにも意外な一面に思考や言葉が停止していた

『鬼の目にも涙』そう言っても良いくらい

見たこともない涙

その涙は一瞬だったけど彼方の瞳に焼きついた









チャイムの音と一緒に教室中はざわめき始めてる

次の準備で慌しさが増す

 「ねぇ、マコ!!次の時間って何だっけ」

前の席へと声を届かせる

珍しく寝ていないマコに感心しながら

 「分かるわけねーだろー?お前が分かんないのに…」

自信満々の口調で後ろを向くマコ

その態度で言う台詞か、と心の中で呟く私

そしてとりあえず次の時間の用意そっちのけで話に入る

 「私は次の時間より放課後が気になって仕方ないね…あぁ〜授業退屈」

と、私の机なのに寝そべってくるマコ

うざがりもせずその様子を見守る

 「そればかりだね…」

 「まぁ、それしかないから」

間髪入れず即答

結局放課後になっても何しようか退屈だとか言うくせに

私の頭は可愛げのない愚痴へと変わっていく 

 「ん……?」

しばらく経つとお久しぶりのキャラクターが顔を出してきた

懐かしい足音と共に…

 「何寝そべってんのよ…またろくに授業聞いてなかったんでしょ?」

頭をこずく奈津実

 「いってぇなーーっ!!!?」

痛くない程度なのに大げさに言うマコ

いつに至ってもこの二人の関係は変わらないらしい

それとも今は虫の居所が悪いのかな

 「そんなに強くしてないのに酷いわ!聞きました満春さん…」

いきなりのお姉言葉に戸惑う

奈津実はどんな技を繰り出してくるのか分からない

普通に話しかけてきたかと思えばこんなんなるし

結局ついてけないから笑うしかないんだけど

前からこんな凄いパワーの持ち主だったっけ…

 「あぁあ!!良いよこんなの相手にしなくても…それよりも次の時間の準備を早くしようぜ…」

といいながらも準備をしないマコ

ただ追っ払いたいだけなんだよね

 「惨いわっっ!!?マコさん…悲しいわっ奈津実さん!!…私の話を聞いて欲しいだけなのに…!!」

 「あんたは自分の話以外でここには来んだろうが」

激しいつっこみをいれるマコ

その言葉に少し賛成する自分の心

 「ま、まぁ…良いじゃない!!聞いてあげようよ」

二人を制して話しを進める

やっぱり呆れた顔をした

その反対ではキラキラとした顔が見えるのだけど

 「最近ね…調子悪いみたいなんだよ」

気にせず話し始める奈津実

 「あぁ、それくらいが十分だよ」

 「風邪かな?…それともどっか痛めたのかな」

 「そうなら私心は晴れ晴れだ…」

真剣に悩んでいる奈津実を余所に

次々と言葉を重ねていくマコ

当人は本人を見ずに窓の外を見ている

 「マコ」

そんなマコを軽く小突く私

 「だから私もご飯が喉に通らなくて…」

 「おぉ…良い傾向じゃないか」

『も』って…

マコも自分自身の話と思っていたのか顔を見合わせる

 「最近ね…雑誌とかでも少ないんだ。一部じゃ活動中止って噂が流れるくらい…この前の新曲披露の曲以降シングル出してないみたいだし」

私はマコから視線を逸らし下を向いた

誰だか分かってしまった

 「ネットでもそのことは何も書かれてない…あのライブからあれから約4ヶ月14日16時間あまり私は彼方の声を耳にしてないことになるわ…」

口調はふざけた感じでも表情は悲しんでいた

私は目を伏せた

 「あの噂も『女子高生』ってあたりで止まってるの…いつになったら私を紹介してくれるのかしら…?」



今は尚…聞きたくなかった

いつも通りの学校

いつも通りの友達

そして…どんどん昔の自分に戻っていく私

十分だって考えてた

忘れられると思ってた

この取り戻してくれた日常の中で

だけど、昔の自分になっていくにつれて

猛スピードで甦ってくる記憶

それは全て彼方君によって築かれてきたもの

思い出すのは受話器を片手一喜一憂する自分

再認識させられる


今でも私は…私は。

忘れられるって思ってた

 「……っ」

こんなにも彼方君との思い出が強いんじゃ

何時になっても終わってくれない

気持ちの奥底に押し込む

溢れてきそうな言葉を無理矢理喉元へと押し込む

フッと誰かが私を見ていることに気付く

…マコ…?

ただじっと私の顔を見つめていた

 「あ、もうすぐ授業始まる…ちょっとトイレ行って来るね!!」

後ろからマコが見ているのが分かる

だから私は今持ってる最高の笑顔で振り返って笑った



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