39.意味のない歌
プルルルルルルーーーッ…
プルルルルルルーーーッ…
彼方は無造作に上着を掴む
左ポケット 右ポケット
携帯を捜す仕草は慌ててはいるものの
音の発信源にはたどり着かなかった
プルルルルルルーーーッ・・・
ただひたすら軽快な着信音は持ち主を呼んでいた
やっと見つかった内ポケットから携帯を取り出す
「はい!!もしもしっ」
違う方向から声が聞こえる
周りの雑音から逃れるように外へと出ていく
そう、彼方の携帯は震えてなかった
彼方は重いため息をついた
「…はぁ」
何も表示されていない画面に怒りを憶える
そしてゆっくりとダイヤルを押した
『桐谷 満春』
画面にはっきりと映し出される
プルルルルーーーッ…
プルルルルーーーッ…
電話を掛けてみる
「彼方さん!!…スタンバイお願いします」
「あっ、はい!」
スタッフが軽く彼方に声を掛ける
反射的に通話ボタンを切る
「……」
思わず苦笑いを浮かべた
毎週金曜日放送の番組
シングルをリリースしたアーティスト集め
一つ一つ紹介してしく音楽番組
淡々と音楽を紹介していく局アナ
時刻は何時か分からない
でも丁度、前のアーティストが歌い終わった後だった
「ありがとうございました…シングルは来週火曜日18日にリリースされるそうです…それでは今週の目玉!!3組目のゲスト彼方さんです!!」
観覧席から悲鳴に似た声
会場内が膨張した感覚にとらわれた
と、同時に拍手が会場内をいっぱいにした
あちらこちらから彼方を呼ぶ声がする
タイミングを計ったかのような持続する悲鳴の連続
その反応に司会者は満面の笑みを浮かべていた
その笑顔は
いつ進行して良いのか迷っている感じにもとれる
「凄い歓声ですね…彼方さん」
その受け答えは軽くシンプルなのものに終わった
こんな事言われても反応に困るだろう質問
『そうですね』と言っていいのだろうか『ありがとうごさいます』なのか
さすがのプロそつなくこなしていく
「…この前野外ライブをされたそうですね!!…口コミで集まったお客さんだったそうですけど…たくさん集まりましたぁ?」
カメラと彼方を交互に見る司会者
マイク越しに彼方に問いかける
「はい、お陰様で…2カ所で歌わせていただきました…」
「そう、突如会場を2箇所に増やしたそうで…予想以上の反響を受けたそうですね!!」
ニコニコと微笑みながら説明する
「新曲発表ライブだったんです。…いち早く聞いてもらいたくて」
「そして新曲どうやら思い入れのある曲のようですね…もう有名な話になりつつありますが」
淡々と会話をこなしていく司会者
その質問を余所に彼方は一瞬曇った顔を見せる
言葉の返ってこない方向に顔を向ける
「彼方さん…?」
「…あぁ、ごめんなさい」
「大丈夫ですか?2日連続の新曲ライブにお疲れのようですね・・・」
軽くフォローを入れる
もやもやとした気持ちを追っ払い笑顔を見せる
「いやいやそんなことないですよ!!確かに突然の企画で負担は大きかったけどたくさんのファンの方の顔を見れて嬉しかったですよ」
再度微笑みを見せる
カンペの合図で紙を取り出す
その説明を司会者は簡単に視聴者に伝えていた
「…と言うわけで番組恒例の企画…いっぱい来てますよ。彼方さんに関する質問が。」
手のひらに持ってみせる
「彼方さんはどんな子供だったんですか?…音楽を好きになったきっかけは?歌手を目指したきっかけは?…まだたくさんありますよ!」
次々と読み上げていく
彼方は上手く乗れていなかった
「ははっ!本当ですね…」
それだけ言うと司会者に任せる
「本当は全部の質問答えていただきたいのですけど時間が迫ってきてしまいましたのでお一つだけ…一番質問の多かった『歌手を目指したきっかけ』ですね、聞かせていただけたらなと思います」
カメラから視線を外し彼方へと目を向ける
彼方の顔がアップに映し出される
会場内は静まり返っていた
「きっかけ、ですか?」
彼方の身体は強ばった
それは彼方も気付かないくらいのもの
この前感じた絶望感が頭支配する
『余計なことを言わなければ彼女は傷つけられることはなかった…』
ふっと速瀬の声が鼓膜をすり抜ける
深く彼方の脳裏に突き刺さる
「そ、れは…気付いたときには音楽が好きになっていて気付いたときには歌手になってました昔から歌うのは大好きで…」
彼方の口はよく回った
まるで意志がないみたいに
ただただ口先だけを動かしていた
そして、ただ微笑んでいた
「はい、それでは聴いて下さい…ニューシングル」
曲紹介の台詞を言う司会者
途端彼方は一人ステージに立ちライトを浴びていた
一気に歓声は止み耳を傾ける観客
いつもと違い静かに入る曲
照明もゆっくりと彼方を映し出す
前奏は終わり彼方は息を吸い込んだ
僕と君の幼い物語
それは切ない終わりを告げてしまったけど
今でも僕は何度も思いだしては心の奥に閉まってしまうよ
これは満春のために書いた詩
あの6年前から何度も諦めようと思った
待ち合わせ場所に君は来なくて
速瀬さんには忠告されそれでも諦めきれなかった
だけど、電話がつながらなくなったあの時
現実に戻った感じかした
受話器から聞こえてくる元気な声も
今、頑張っている自分さえも夢で…
何度も何度もかけ直してそれでもつながらなくなっていたあの時
君とのつながりは途絶えたと思ってた
だけど俺が芸能界を辞めなかったのはあの日を予測してたからかもしれない
君に似た子が現れて正直驚いた
まさか記憶を失っていたなんて
そしてまた俺は幼い頃に戻った気がして必死に駆け回った
『君に似た子』は不確かだったけどかけずり回ることが嬉しかった
君に近づける気がした…
だけど原因が自分自身だったなんて
約束は果たしたけど果たしてない
『約束』が俺達の邪魔をする
でも君の笑顔が今まで支えになっていたから
僕は歩み出すよ
思い出してくれるなら 振り返ってくれるなら
俺は…何のために
誰のために歌ってるんだろう
ウソまでついて愛想笑い浮かべて
まったく歌詞が頭に響いてこない
自分自身の声が耳に入ってこない
俺は…何のためにここにいるんだろう