36.暗闇の中のリアル
会場を近く雑木林に突き倒される
「…っ!!」
枝の破片が突き刺さる
痛いなんて考えている余裕はない
摩擦で全体が擦り切れたみたいに熱を帯びた
土や泥で顔や手が黒くなる
「…そうそう、話って言うのはね。」
え…っ!!
目を開けたらいつの間にか人数が倍に増えていた
きっと待機していた仲間だろう
身体に緊張が走る
ますます震える手を必死に抑えるつける
「!!…」
肩の下くらいある髪の毛を無造作につかみとる
「やめてくれるかなぁ…?彼方に近づくの…どんな手を使って近づいたんだかしらないけど」
口調とは裏腹に私との距離を詰める
「平等に考えてくれなきゃ…ねっ!!!」
途端一気に掴んだ髪の毛と一緒に地面に打ち付けられる
必死に後ずさりをする
後ろがないのは分かってる
だけど、出来るだけ彼女達から遠くへ
が、私より遙かに女の方が早い
彼女達の高い笑い声が聞こえる
「………っ!」
詰め寄ってくるついでに近くにある尖った気の破片を手に取る
「はっ…なんだか分かってないようだねぇ…」
6年前が鮮明に蘇る
心臓が漠々と高鳴る
笑って騒いで私を殴る
玩具のように楽しそうに…
狭い塀に追いやられる
凶器が視界に入る…
叫んでも助けにこない
やっとのこと立ち上がる
「しゃべんなきゃ分かんないって言ってんだろう!!!!?」
「つっ!!?」
だけどそれは無駄な抵抗
誰からか分からない衝撃が腹部に入る
目の前が一瞬真っ白になった
空しくお腹を支える暇なく倒れこむ
痛みに耐え切れず咳き込む
「何のつもりだか知らないけど…こんなとこに堂々と出てきてむかつくんだよ!私は彼女ですってかぁ???!」
2撃目が私の肩に激痛を走らせる
「ふさげんじゃねぇ〜〜〜よ!!!!」
地面にうつ伏せになると同時に
左右何処からともなく何本かの足
私には一瞬の影となって覆いかぶさる
蹴られる足の間に見える一瞬の光だけが
気を失ってない希望だった
それは本当に一瞬の光で
…っ!!、う…っ、がぃ!!!!
継続的に走る痛みが教えてくれる
ドカッ!?…ガンッ!
もう恐怖なんてものなかった
ここまできたら
痛みさえ痛みとは認識できなくなってきている
抵抗なんて出来るはずがない
あまりにも現実から離れてる現実に
痛みと一緒に目を瞑るしかなかった
複数の手が私の身体に忍び寄る
マヒし始めていることは分かる
ザワザワしてる声が耳に入ってくる
もう何も痛くない、感じない…怖くない
「おいっ…お前らどいてろ!これで二度と彼方に近づけないようにしてやる」
女が持っていた木刀
微かに目に映った
そして力強く握りしめた
何をしてくるのかは一目瞭然
私は恐怖で彼女から目が離せなかった
脳裏に記憶が蘇ってくる
『あんたさえいなければ!!!』
なんで貴方達に言われなきゃいけないんですか・・・?
『っく…マジむかつくんだよ!!てめぇ』
私は別に奏汰君が有名人だから一緒にいるんじゃありません・・・
『彼方』君が目当てなのは貴方達じゃないんですか???
『なに生意気言ってんだよ!!…このガキ!?』
『まぁまぁ…そんな躍起になるなって。こいつにもう彼方には近づかないって言わせれば良いんだから…なぁ?言わせれば』
わ、私はそんなこと言いません!!…約束を守るために!!
だから私は誰よりも近くで…
『このアマ…なに分かんない話してんだよ!!こっちが大人しくしてるからって調子に乗ってんじゃねーよ!!!?』
…うっ!!
『や、やばいって!!凶器はやめようぜ・・・?』
『むかつくんだよ!!!!?そうだろ?だからやめるなんて野暮なこと言うなよ』
…っつ!!
わ、私は…見ていたい感じていたい
ずっと前からの約束
誰にも邪魔されたくない
側にいない分誰よりも奏汰君の心の支えに
幼い約束を小さなただ…その小さな身一つで叶えてくれた
泣き出した私をそっと慰めるように言ってくれた
いつも一緒に入れるようにって笑ってくれた
何よりも大切な… … ……。
「うっ…っっ!!」
再びなぎ倒された
でも気付いてしまった…
ううん、もしかしたら今日目覚めたときから思ってたのかも
叶わぬ約束もあると…
奏汰君へと歩を進ませる度に明確になっていった
ずっと付きまとっていたわだかまり
大きな尖った凶器が私の頭に覆い被さる
力の限り目をつむった
「待ちなさいッ!!?貴方達一体そこで何をやってるのっ!!!」
致命傷といえる衝撃が走るはずだった
そのかわり鼓膜にギューンと痛みが走る
甲高い声が耳に付く
私は声のした方向を見る余裕がなかった
「はぁ…はぁ…ぅあ…」
目の前で去っていく人達
次々と草を蹴っていく音がした
私はその場に座り込んだままになっていた
「はぁ…はぁ…はぁ…」
何が起きたのか分からない
変な呼吸を繰り返してる私
辺りに静けさが戻る
立つ………気力がない
「あ、ぅ…」
「…貴方、大丈夫?」
側に誰かの気配がする
「み、はるさ…ん?…!!」
甲高い声の女性は目を丸くした
視界が戻り始める
目の前に髪の長い女の人がいる
助けてくれた人だ…きっと
目を丸くした女性はすぐさま何度も私を呼んだ
「っ…満春さん?」
「っ…」
なんで私の名前を
指一本も動かす力がない
やっとの事で見えた顔立ちに目を丸くした
「満春さん…私のことは分かるかしら?」
「は、やせさん…?」
「えぇ、そうよ」
やっとのことで言葉を口にする
完全に視力を取り戻した瞳は速瀬さんを凝視していた
その視線を交わし速瀬さんは腕をひっばる
「…立てる?」
「いった!!」
本当はもうどこが痛いかなんて麻痺してた
立てる状態じゃないと判断した速瀬さんは再びしゃがむ
「なにがあったのかはだいたい想像が付くわ…。私が言う立場じゃないんでしょうけど、大丈夫?」
瞳から涙が零れる
待っていたかのように次々と零れていく
「うっく…ひくっ!!ごめっ」
漠然と安心という言葉が脳裏を掠めた
私の力じゃ止められそうにない
今になって遅れたかのように流れていく
「ごめ、なさ…とま」
止まらなくなった
恐怖とか絶望とか緊張の糸が切れたとかそんなものじゃない
たどり着きたくなかった結論に巡り会ってしまった
「いいの…無理にしゃべらなくても。今は泣きなさい…」
目を背けていた結論に従うしかできない自分の不甲斐なさ
大声で泣き叫ぶ私の身体を速瀬さんはささえていてくれた
この歯止めの利かなくなった感情の嵐がやむまで
まるで母親のような優しさで速瀬さんは私の身体を抱きしめてくれてた
「どう?・・・気分落ち着いた?」
あ……
丁度よく高い声が優しく耳をつつく
泣き止むまで近くにいてくれた速瀬さん
私、ちょっとこの人のこと誤解してたのかもしれない
「…はい、すみません。取り乱してしまって」
静かに頭を下げる
「別に気にしてないわ」
「……。」
「さて、とりあえず…そのあちこちにある傷の手当しましょう!!もしかしたら何処か折れてるかもしれないから」
私のスカートに付いた土をはたく
そのお母さんみたいな姿をただ見つめていた
「さっ…おぶさって」
そう速瀬さんは私に背中を向ける
この前まで敵意むき出しだった彼女とは思えない
好意を分かっていながら疑問を投げかけずにはいられなかった
「あの、どうしてここまで?」
一時の無言が二人の間をすり抜ける
「そこまで非道じゃないわ…それに事の経緯は想像つくから…さぁ傷の手当を」
「平気です…。」
「平気ですって貴方…」
あっちこっち血が滲む身体を見つめながら驚く
だけど構わず私は話を続けた
「そうですか、想像付きますか…じゃぁ話は早いです」
「話?」
一息おいて一段と決心を固める
「一人で歩けます。だから私を今から彼方君のところへ連れていって下さい・・・」
きっぱりとした口調で私は口を開いた
想像したとおりの呆気にとられた顔を見せる速瀬さん
「あ、貴方今自分で何言っているか分かってるの?」
その言葉に小さく頷く
「なら何故今、そんなことが言えるの…それでもあの子に会いたいって言うの?どこまでも一途なのは良いことだわ。だけど誰にそこまでの傷を負わされたのか…何のためにさっきの子達が満春さんに言い寄ってきたのか分かって…――」
身体が微かに震えた
だけどしっかりとした口調で首を縦に振る
「…はい、分かってます」
「悪いけど、会わせることは出来ないわ…貴方達を会わせるのは危険すぎる。魂胆が見えない」
速瀬さんの言葉に一瞬落胆を憶えたが
決意は揺るがなかった
私は擦りむいた傷だらけの足で速瀬さんの前に立つ
「会わせてくださいっ!!決して速瀬さんにご迷惑掛けるようなことませんから!!約束します!だからお願いです!!会わせて下さい…っ!!」
必死に頭を下げる
目の前で困惑そうに立っている速瀬さんが何か喋るまで
必死に頭を下げていた
「…満春さん」
頭上から深いため息が聞こえる
「悪いけどなんて言われても彼方に会わせる気はないわ…」
「………!!」
「って言ったら貴方ここから動こうとはしないでしょうね…傷の手当てもさせてくれないだろうし」
その言葉に続く内容が理解できた私は顔を上げた
「いいわ。ついてきなさい…案内するわ」
そう言うと私の存在を忘れたかのように足早に歩こうとする
「あ、あともう一つ良いですか…あの出来れば速瀬さんの羽織っているジャケット貸して欲しいんですけど」
無言で渡されたジャケットをなるべく肌にこすれないように着る
だけどピリピリと電流が流れるような痛さが身体を伝っていく
こうやって隠してれば彼方君に知られない
色々と考えた結果
たとえ最後だとしても…こんな自分を憶えていて欲しくない
私が『会いたい』と言ってから速瀬さんは一言も喋らなくなった
3歩先を歩き振り向いてもくれない
でも良かったのかも
後ろで静かに泣いていられるから
歩いている2人の足音で涙の音はかき消されていく