34.手の届かない人
どれ位かかったんだろう…
「ここか…」
場所だけ聞き耳立てて聴いたせいか
捜すのに手間取ってしまった
急いだせいか上気する額が熱い
火照ってる気がする顔を軽く拭う
少し涼しくなったような気がする
はやる気持ちを落ち着かせるように息を吐く
…M会場ってこんなに遠かったんだ
今度は屋内らしい
さっきまでいた会場を出て何時間経っていた
電車を乗り継いで…歩いて捜して
辺りを見渡すと気付くことがある
今日、ライブがあるっていうのに人が少ない気がする
昨日はあんなに人で溢れ返っていたのに不思議に思い会場近づく
「…あっ」
会場内から何か声が聞こえる
エコーのかかった声と歓声に似た声
「もう、始まってる…」
そう考えれば説明が付く周りに人がいないこと
だよね…もうこんな時間なんだから
ライブが始まっていて丁度いい頃
と言いながら私は携帯を取り出そうとする
カバンを探る手は空振りに終わった
「あ、そういえば今日」
持ってきてなかったんだ…
だから私、彼方君に会うのに苦労してるんだよね
事務所行ったりとかして
思わず誰もいないのに一人笑ってしまった
「ついてないなぁ〜」
今にも気が滅入りそうな気持ちは目先に写る人物にうち消された
ただただ見えない壁越しに何かを見つめている女子高生2人
不思議に一部始終見ていた
会場に入る風でもなくだたの通りすがりでもない
その瞬間彼女たちは壁に耳を当てた
「…聞こえる?」
片方の女の子が声を掛ける
「うぅん…あまり聞こえない」
空しく言葉を返す
「そう、だよね…やっぱり聞こえるわけないよね」
残念そうに肩を落とす
「でもいいんだよ…ここに来たことに意味があるんだから!!」
と満足な顔になる
「あっ!!…来て!!こっちからだとちょっと聞けるよ!!」
元気な声があがった
2人は同時に耳を澄ませる
「あ、本当だぁ…」
彼女たちはお互いの顔を見合わせて微笑みあう
その光景に私は心が痛んだ
中で微かに感じる歓声や熱さが
壁ひとつ隔てているだけなのに別世界に感じる
彼がくれる一時の幸せをこの会場で共有してる
漠然とした気持ちがじわじわと私を襲う
不意にこの会場から離れた
聞こえる彼女たちの口ずさむ歌を耳に焼き付けながら…
控え室の用意してあるジュースを一気飲みする
乾杯の合図が待ちきれなかったスタッフ
いきなりジュースの掛け合いをするまたまたスタッフ
野球選手とかでよく見られる光景…だけじゃないらしい
アンコールの終わったライブ後は
いつも通り和気あいあいと賑わっている
まるで終わったと同時に子供に戻ったみたいに
だがその中に彼方は加わっていなかった
「彼方、貴方もこっち来て座ったらどう?…主役でしょ?」
いつもと変わり上機嫌の速瀬
なかなか輪に入らない彼方を心配してやってきた
「…何をしてるの?」
彼方はその言葉を無視しなにやら電話を掛けていた
それを速瀬は不思議そうに見つめる
「電話?…誰に」
と問いかけている途中に答えは見つかる
「彼女…?」
その問いかけにも答えず同じ動作を繰り返していた
速瀬の耳元にも微かに電話の声が聞こえる
「つながらないの?」
「…。あぁ」
一息おいてやっとの受け答えをする
「朝からずっと電話してるわよね…?一度も?」
「あぁ…」
彼方は静かに携帯をしまう
「心配?彼女のこと」
いつもの癇癪持ちな態度とは裏腹に優しく問いかける
それになれていない彼方は拍子が抜けた表情
「あ、いや…きっとどっかに遊びに行ってるんだろうと思う・・・」
「なら、いいんだけど」
そう言いながら片手に持っている飲み物を口に運ぶ
「何?もう酔ってんの…?」
喉に通し終えた飲み物を近くのテーブルに置く
「え?どうして?」
「だって怒らないじゃん…電話の相手分かっても。携帯ひったくらないしなんか妙に親身だし…険悪な仲になってたと思うけど俺達」
嫌みっぽくはにかむ
だが、予想していた反応とは違っていた
「そう、ね…後が無事でいてくれたら」
言い終わる前に速瀬は口をつぐんだ
近くの飲み物で無理矢理言葉を押し込む
その表情は驚くくらい動揺していた
「速瀬、さん?」
大丈夫と手を肩に置こうとするが
その手は空しく宙へと舞った
「そ、そうね…。酔いが回ったのかしら…どたばたと忙しかったから…失礼。ちょっと外の風にあったって来るわ」
彼方の手をすり抜け控え室を出ていった
速瀬の背中を見送ると
彼方の視線はさっきまで速瀬が飲んでいた紅茶を眺めていた