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32.億分の一の奇跡

広場に一夜限りの人並み

普段は広く見える広場は信じられないくらい人で集まっている

まるで満員電車みたいだ

何処が前でどこが後ろになっているのは分からない

何処かステージで何処が出口なのかまったく

瞬後悔という2文字が頭の中に浮かんだ

息もできない状況に…

隙間のある空間へと無理矢理身体を動かす

そこに少しの間気持ちを落ち着けた

 「……はぁ。」

こういうときに整理券配って欲しいものだ


ふっと私は夜空を見上げた

この状況を他所に涼しい顔して星は煌々と光っている

完全に夜へ変化を遂げた

身動きできない身体を無理に動かしケータイを取り出す

 『…7時、57分』

もうすぐ8時になろうとしていた

待ち合わせからもう一時間も経とうとしている



呼吸も十分に整い辺りを見渡せる余裕が出てきた

今頃気付いたが私は結構良いポジションにいるらしい

ステージが目の前

準備している人の顔が分かるくらいの近さ

若干左寄りだけど全体が見える

不意に私の隣にいる女の人

か…な…、た

ロゴマーク入りのTシャツを身につけている

やっぱり彼方君のライブだったんだ…

こういうことなら言っておいて欲しかった

けど私の頬が心なしかゆるんでいく

一度見れなかったあのライブを見れるんだ

しかも途中で倒れちゃった最初のライブ

すっかり私は彼方君ファンになってしまったみたい

こんなにもステージに近いのが嬉しくてそれに向かって悲鳴を上げている

ファンの人たちを見ると私も何か叫びたくなってくる

いつになく心臓が倍に動く


照らしていた照明が一斉に消え

広場内を上手い演出で興奮へとさらっていく

鼓膜を破かんとする迫力のある音響で大パニック

何も見えない中どう始まるのか何が起きるのか分からない気持ち

今にも心臓が飛び出してきそうなそんな周りの空気が伝わる

そんな爆発しそうな心臓を必死に抑え時を待つ

ハラハラしながらもみんなの眼差しは惜しみなく

ステージへと注がれていた

会場は一人一人大きな爆弾を抱えながら静まり返る

……パッ!!!

 「っ…!?」

途端ステージに覆われていた幕が落とされる

眩しいライトは瞬く間に闇を支配していった

あの時と同じ衝撃が目に走る

いきなりの閃光に目がくらむ

そんな会場を無視して聞き慣れた曲が流れ出す

いつも耳にしている彼方君の曲

イントロの時点でもう観客はピークを迎えていた

後ろからたまらず叫び出す声

届くか分からない自分の声に精一杯の想いを託す

感極まって泣き出す声

まだ姿を見せていないが喜びを感じられずにはない

ただ呆然と立ちつくすファンの子

自分が本当にライブに来ているという実感がないんだろう

それは…その想いはたった一人に向けられていた

私の瞳はそんな少女、女性の姿が映る

誰もかれもが綺麗…

気付いていないはずがない

私の心の奥もふつふつと何かあふれ出そうとしている

そしていつの間にか一緒になって彼方と呼んでいた

普段の自分じゃありえないそれがライブなんだろう

瞳は同じステージへと心を預けていた




熱い…暑いけど見ていたい

目に焼き付けたい彼方君のライブ

そう思い始めた頃

曲は中盤に進みステージはますます熱気を帯びていた

ファンの想いを十分に受け取ったのではないかと思うほどに

格好良く激しい曲を決めた後

静かにマイクスタンドに。そしてMCへと移行した

ここまで汗が飛んできそうな程

ステージの彼は濡れていた

邪魔なのかな?…思いっきり髪を掻き上げる

汗でしっかりと髪が張り付く

オールバック状態

そして彼方君の歌ではない声がマイク越しに聞こえ出す

叫んでいたファンは静まり返り耳を澄ませる



汗の重さに落ちてくる髪を無造作に振る

それはまるで水浴びを終えた犬みたいに見えた

 「口コミで広がったこのライブだけど…こんな集まってくれるなんてありがとう。このために借りた会場もみなさんのお陰でもう入れないほどうまってます!!もう感謝感謝だね…」

一言一言終わりごとの反応

拍手や受け答える声が疎らに聞こえる

 「でもみんな…この瞬間のために集まってきてくれたんだよね?」

彼方君は一息置くと言葉を重ねた

それを黙って見守る私達

 「新曲、出来ました…」

閑散としていた会場が悲鳴や絶叫に変わる

バケツをひっくり返したようなこの変わり様

 「そのためのライブだけど。まぁ…いろんな意味も込め…ちょっと切ない曲にしてみました」

軽く息を付くと静かに目を伏せる

長い間瞬きを忘れていたかのようにゆっくりと

 「今までのとは打って変わった曲調でしっとりと…でもみんな気に入ってくれると思います。」

マイクスタンドを持ち替えす瞬間私と目が会った

 「…え、」

思わず声が出てしまった

えっ…?何、今

今、私が何処にいるか気付いてるの?

戸惑っていることを知らず彼方君はMCを続ける

 「これは、俺が幼い頃を元にしたもので…9歳の時の話なんだけど昔、家が隣同士でさ3歳下のすごい仲のいい子がいて…もちろんいつも一緒で日が暮れるまで遊んでた…一番の遊びは絵と歌、なんでか俺が歌い手で、彼女は慣れない拍手なんかしながら俺の歌聴いて…つい調子に乗って歌ったりもして」

辺りの風景を見ながら話す

 「その子はすごく楽しそうに笑う子で今思えば初恋だったのかな?その子の笑顔だけで幸せになったの覚えてる。その子といると楽しくてこんな日がずっと続くんだと思ってた…。子供だからいつかの別れなんて考えなかった。『いつかの別れ』それは突然で俺の両親の都合で引っ越すことになって…」

マイクを持つ手が強くなる

こっちのまで握りしめる音が聞こえそうなくらい

 「彼女は幼いながらに感じてはいたんだろうけど『別れ』ってものが…。漠然と最後分かったのか泣き出すんだ。俺も涙が自然と流れて大泣きしたのは覚えてる…何時までも離れられなかったから…そう、彼女は笑顔が最高に似合う年下の初恋の相手。もう一度」

記憶の奥底で波が立つ

視界が少し揺らいだ

「もう一度その笑顔に会いたくて…この曲を作りました」

 「最近…何度も思い出す機会があって思い切ってメロディーにのせてみました。今思えば、きっとその子がいなければこのステージには立ってなかった気がする。人生を変えた女の子…なぁんて!!真面目になりすぎ?」  

ファンを誤魔化すように茶化す

そう思ってか所々笑い声が聞こえる

だけどその表情は笑顔とは言えなかった

 「まぁ、そんな今回の曲なんだけど…みんな一度はあったでしょ?『別れ』悲しい別れであったり、突然の別れであったり…辛くても悲しくてもこの曲でそんな心の引き出しにしまい込んだ思い出をもう一度取り出してくれたら光栄です…」

そして、歌う体勢に入っていく


 「…それでは、聴いて下さい。」


辺りは静まり返る

彼方君の微かな息使いがマイクで聞こえそう

聞き逃したくないというファンの思いでこの沈黙は続いている

みんなどれほど新曲を待ち望んでいたのかが分かる

新曲が出た次の週には次の新曲が気になって

ライブがあった翌日には次の公演を待ち望んでいる



さっきの彼方君の昔話

幼い頃一緒に遊んだ気の合う女の子

その子のために彼は芸能人になった

たった一人のこのため彼方君は人生を決めてしまった

忘れられない人…心の引き出しから覗いてる

笑顔の似合う初恋の幼なじみ

一体、どんな人だったんだろう

ステージの上、彼方君にそこまで思われて

彼女は知っているのかな?

貴方のお陰で芸能人になったの知っている?

もう一度笑顔が見たくて

彼、貴方が好きだったんだって

あれ?


…なんで?私はなんでこんなに涙が出てきてるんだろう


なんでこんなにも気持ちが流れ込んでくる

まるで彼方君の気持ちがそのまま入り込んでるみたい

自分の事のようにストレートに言葉が…

忘れられないさっきのMC

なんだろ…漠然とした感じ

頭の中急かすように血が駆け巡っていく

早鐘を打つ…頭が熱くなる

心臓の裏側から叩かれてるような

…うっすらと脳裏に浮かぶ

追い打ちを掛けるようにしっとりとイントロか耳に入る

よく通る歌声が広場中に響きわたっていく


 


  僕と君の幼いメモリー

  それは儚い終わりを告げてしまったけど

  納得できた気持ちとは裏腹に

  今でも記憶を思い返しては心の奥に閉まってしまうよ


  共に笑ったり 泣いたり 怒ったり

  そんな単純な感情しかなかったあの頃

  でも至福を感じたあの頃 懐かしいよね

  君の大好きなメロディー口ずさんだり

  手をつないで遊歩道歩いたりしたよね

  そう、覚えてる君の笑顔が頭から離れないよ


  想い出が閉じこめておけないほど溢れて

  あの場所から時計が動けずにいるんだ

  僕の時計はあの日

  激しく雨降る中で壊れてしまったんだ

  大好きだった君の最高の笑顔と共に


  僕と君の止まったメモリー

  それはお互いが気付かぬ間に見失っていたね

  でも、消えない笑顔が僕の支えになっていたから

  今の変わらない自分がいる


  もう君はすぐ側にいる

  その似合わない仮面を剥いで僕を見て欲しい

  憶えていてくれるなら 振り返ってくれるなら


  今の真実を捨て・・・君の名を呼び続ける


  その時は君の真実の微笑みで

  止まった時計は動かせるだろう

  

  


激しい拍手が飛び交う

歓声はこの会場を強く揺らしていた

思わずハンカチで顔を隠してしまう人

一緒に来た友達と手を取り合い叫んでいる子

破裂寸前の会場を湧かしている

彼方君はゆっくりとマイクを口元から離した

マイクスタンドを握る手に重心を預ける

まだ目を閉じたままの彼方君

ライトで光っているのは汗なのかそれとも…

私の滲んだ瞳では分からない



ただただ…心の中のもやは晴れた



分かった…やっと分かった

隙間がないくらい同じ言葉が繰り返される

全てのことが一つになった

チグハグだったピースが一瞬で合わさる

マコの言葉お母さんの言葉

不可解だった疑問が脳に浸透していく

やっと、やっと…

次から次へと大粒の涙がこぼれ落ちる

ハンカチで隠す暇もない

今の私にはいらない

精一杯泣き明かしたい気分

自分の奥底から溢れてくる想いに

我慢してきた抑えてきたものが零れていく

 「か、奏汰君…っ」

私の幼い記憶が蘇っていく

 「…ご、ごめんなさい…」

そしてありがとう…

その後は憶えていない



ただただまるでこの6年間を埋めるように泣きはらした

会いたくても会えなかったあの頃みたいに…


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