25.一つの決心
気がつけば月傾いていた
夜が深い証拠
公園から帰る途中風は少し強さを増した
でも今は丁度いい風で
心地よさそうに部屋のカーテンを揺らす
それをベットで横たわりながらただ眺めていた
何をするではなくただ思いにふける
マコと別れたのは2,3時間前になる
話し終えた後マコを家まで送り
今の今まで眠れない夜を過ごしていた
寝れるわけがない
知らなかった真実があまりにも多すぎる
自分だけ知らなかったというのもあまりのショックだ
気になっていたとは言えそれは言い訳にしか過ぎない
満春のことを忘れようと必死にがむしゃらに仕事していたあの頃
とても情けなく見えてくる
終いには自暴自棄になって無茶なことをたくさんしてきた
もう覚えていないほどだ
仕事に打ち込むことで全てを放棄したかった
彼方は暗闇の中夜空に浮かぶ星だけを頼りに
ただただ思いにふけっていた
今日一日起きた出来事、会話がよみがえっては消えていく
『来て欲しくなかった!!…出てってくださいっっ!!!』
『それは自己満足よ…
『遠くからでも娘を守るなんて…っ!!』
『出てってぇ!!?』
満春の母親の言葉が脳裏に浮かぶ
今にも崩れ落ちそうな表情が目に焼き付いていた
目の前に昼間の信じがたい光景が繰り返される
割れたカップ…そして泣き叫ぶ叔母さん
そのたびに彼方の心臓は気持ち悪い脈動を繰り返す
『満春を苦しめてるんです!!!』
深くため息をはき
それを消そうとするかのように荒々しく寝返りを打つ
振り切れる事無く脳裏に襲い掛かる
公園でのマコの声が脳裏を突き抜ける
『…6年前の事件で記憶を無くしたんだ。今じゃ、抜け殻…魂のこもっていない人形みたい』
『どれだけあんたに会いたがっていたか…』
マコの取り乱した顔が視野に写る
眉間にしわが寄るくらいに力いっぱい目を閉じる
『頭を中心に強打した後が数カ所あったって』
目に見えない沈黙は容赦なく襲う
その度に何回か寝返りを打つ
『あんたのファンだったんだよ』
悪い夢でも見たかのように飛び起きる
身体を起こし首を振る
ジッとしてられなくなりベットに座る
相変わらず夜風はカーテンを泳がせていた
『ファンだったんだよ』
「…っく!」
ベットを降りた足はキッチンへと向う
暗い中から冷蔵庫を探し出しミネラルウォーターを取り出す
酷く喉が渇いたのか
3分の2は入っている水を瞬く間に飲み干す
まるで余計な考えを吹き飛ばそうとするかのように
『昔の満春に戻って欲しいんだ…』
マコの言葉がさっきから何回も重なる
鈍器で殴られたかのように響きわたる
その痛みにだんだん慣れてきたとき
ある決心を彼方は固めていた
『満春が取りもどしたい記憶…あんたなんだよ』
マコが指を立てたところがヒリヒリする
荒々しく飲み干したペットボトルを置くと
窓のあるさっきまで寝ていた寝室へと歩く
床が軋む中窓から漏れる僅かな夜光
その光に彼方は素直に身を任せた
しばし目を閉じ…何処にということもなく想いを馳せる
視界は暗くなった
そして目をゆっくりと開く
彼方の瞳は色彩を魅せていく
何者にも揺るがない強い眼差しへと…
月はありのままの姿を映す
余計なことをちらつかせないために深く深呼吸
…決心はついた。