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24.願う笑顔

 「それから私は運悪く壁に激突して気を失ったんだ…。その後のことは知らない。気付いた時には病院のベットの上」

彼方の横でマコは小刻みに震えていた

きっと思い出したくない過去に還ってしまったのだろう

彼方は自分のジャケットをマコに羽織らせる

肌寒さで震えているわけじゃないと知っていながら

大丈夫なんて声をかけられなかった

 「……」

彼方は無言で首を振る

 「今でも忘れられない…あいつの声が6年経っても鮮明に蘇るんだ。すべて…そして気がついたら私と満春は救急車で運ばれ気付いたらもう…」

押さえ込むように瞳をそっと伏せる

沈黙が2人の間を通り過ぎた

 「満春は記憶を失っていたっ!」

 「……!!」

予想はしていたもののショックは隠せない彼方

やっとの事で言えた言葉に涙がこもっていた

 「その時の医者が言うには…頭中心に強打した後が数カ所あったって。ちょっと運ばれるのが遅かったら…っ!!」

 「もういいよ」

痛々しく見えたマコの言葉を制した

怒りで震え身体中が煮えたぎる

手を握りしめ声を掛けるのもためらわれる

それはきっと連中への怒りもあるけど自分の不甲斐なさにも怒りを覚えているのだろう

 「うっ、…!!」

ますます手に力が入る

声を掛けることが出来ない

声を出すことが出来ない

そんな2人の間に夜の冷たい風

と、マコの抑えられない悲痛の声だけ

…………

 「ゴメンなんか…取り乱したりなんかして。ハハッ、話の途中だったのにな」

 「もう、いいよ。分かったし…なっ?」

と、優しく制する

それは彼方の出来る精一杯

 「いやっ、やっぱり全部話すよ…」

いつものマコに表情が戻る

 「この先が重要なんだ…あんたも知っておかなきゃいけない話なんだ」

ここまで話すのに随分時間がかかったと思う

そうこうしているうちに話は続いていく

 「この事件で前とは違う失ったものがある。さっきも言ったけど『記憶』がその一つ。目が覚めた時満春はこの事件のことはもちろん家族、学校、名前そして私やあんたのことも忘れ去ってしまった。医者が言うには頭を強打されたこともあるんだけど一番は事件のショックからなる喪失」

 「………」

 「一時的なものと判断した…だからリハビリも含め日常生活における常識、名前から家族、友達に至るまで時間はかかったけど次第に思い出してった。だけどあんたの記憶だけが思い出せないまま時間は過ぎていった。きっと思い出すのが怖いんだ…医者もそう言ってたし…まぁ、いわゆる『引き金』なんだろうな」

彼方の眉がピクリと動く

 「親はそれで賛成だそうだ。だからこれ以上の治療も望まなかった…。退院は  すぐだったよ。」

気付いていないマコは話を続けていく

 「それ以外の怒り、悲しみ、喜び、あいつは事件以来ちっとも笑わなくなった。冗談も言わないし怒りもしない」

 「……」

 「きっと自分の軸になるもの、喜怒哀楽の軸になるものを失ってしまったからだと思う…あいつの中心は6年前に壊れてしまったんだ。いままでの自分を支えてきた柱をさ…だから思った満春は本当に彼方のために笑ったり泣いたり怒ったりしてたんだって…」

ため息を深くつく

 「昔はあんなに笑っていたのに…人懐っこい笑顔で友達たくさんいて…羨ましいほどに。今じゃ、抜け殻魂のこもっていない人形みたいになっちまって…誰かなんと言おうと何とかしてあげたかった」

 「………」

 「あんただって心当たりあるだろ…?」

彼方は答えられずにいた

それは彼方の気持ちは違うところにあったからだ

 「あのさ、ひとつ聞いてもいいか?」

長いこと開いてない口を開く

さっき思い立った疑問

 「なんで、おれが引き金なんだ?…」

マコの動きが止まった

 「それは」 

 「それは、あの事件起こした連中…。あんたのファンだったんだよ」

 「………!!!!?」

言葉を発する力を失った

頭が一気に真っ白になる

 「なっ…なん、だって…!!!」

驚きを隠せない彼方を横にマコは話を続けた

 「あの後、すぐに警察に捕まったんだ…満春を殴った奴は覚せい剤所持。…してそのまま鑑別所…」

 「そ、そんなはずがない!!…」

 「…」 

 「どうしてそんな見透かした…こっちの行動を把握してるような、タイミング良くそんな奴らが満春を?…!!」

忘れたかのように会話は止まってしまった

何かに思い当たったようだ

そんな彼方の頭の中を呼んだかのように口を出す

 「残酷な物言いだけど、考えてるとおりだと思うぜ。」

 「……!!」

マコの言葉を聞いた彼方は思わず顔を伏せる

 「それしか考えられない。…あんたにとって拠り所だった満春の存在が…」

頭の中それは今、速瀬の顔しか思い浮かんでいなかった

 「邪魔だったんだ」

過剰なほどの物言い

満春と聞いたときのあの反応絶対何か知ってる

だが心の中で結論が出たかのように

彼方の心臓は不思議と落ち着きを取り戻していく

 「でもここまで探ってきたけど…別に私は犯人を捜したい訳じゃないんだ。確かに悔しくて仕方ないんだけどさ」

彼方は伏せていた顔を上げる

 「ただ正直今までの行動が最前とはどうしても思えなかった。満春の母ちゃんは反対してたけどお前に逢わせるの。あの出来事を思い出して背負っていくにはあまりにも酷だって…一理あると思う。でもあれじゃ、あいつはまるで生きた人形…昔の満春を知ってるからこそ辛いんだ、見てるのが歯がゆくてイライラして」

 「……。」

 「大それたことを言うつもりはないけど…私が思うことは一つ、昔の満春に戻って欲しい…瞬間まで一途に会える日を待っていたあいつにこんな結末はあんまりだ」

そんな願い事を言葉にしながら瞳は夜空を仰いでいた

まるで流れ星を捜しているかのように

 「でもきっと…私が出来ることは多分ここまで」

 「……?」

 「色々と似合わない小芝居してきたけど。何でもいい…あんたに触れさせたかったんだ。望む結果が得られなかったとしても」

 「え!?」

目を丸くする彼方に向けて苦笑する

 「そろそろ話そうと思ってたんだ!…どうにかしてあんたと接触してさ!!だけどそっちから来てくれた。会えなかったら事務所に殴りこみに行くトコだった。改めて初めまして…満春の親友やってるマコ…荒木マコと申します!!」

 「あ、こっちこそ・・・えっと」

間抜けな表情を浮かべ自己紹介をする

話が話だっただけにちょっと可笑しく見えた

が、その言葉はマコのかき消された

 「あぁーーっ、いいよ!!さっき言ったろ?自称『ファン』だって知ってるよ!!奈津美程じゃないけど知ってる。これからよろしくってことで…それにここから先は彼方にしか出来ないんだから…」 

そう言ったマコは心なしか微笑んでいた

彼方はその言動行動を目で追うばかり

 「あんたと再会して満春は変わった。時々見せる何気ない仕草に嬉しく感じるんだ!!今の満春なら多分、あんたになら笑ってくれると思う…だけど『満春』はどうあがいても私じゃ取り戻せない…!!私は笑顔になって欲しいんじゃない。昔の満春に戻って欲しいんだ…」

 「……」

 「言っただろう?…あんたを忘れたことで怒るのも泣くのも笑うのも失ったんだ…可能性はあんたにある」

彼方に指を立てる

 「満春が私が欲しがってる記憶は彼方…あんたなんだよ」

真剣な眼差しで彼方を見つめる

その言葉、姿全てが彼方の身体の中を勢いよく駆け抜けた

そして心の奥底で鋭く突き刺さる

彼方の知らない何処がでうなりをあげた

雨の中ずぶぬれになりながらも

6時間待ち続けた少年の時は一歩また一歩と進み始めた

笑顔を失った彼女の元へと…



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