23.6年前の真実(後編)
その夜風で高潮した額を当てながらマコは口を開いた
「今、満春が感情が欠落しているのは知ってるな?」
「あぁ…知ってる」
再会してからの満春の表情を思い浮かべる
彼方は静かに首を縦に振った
「そっか…」
すっかり暗くなった空を目を細め見つめるマコ
彼方はその仕草をただ黙って見つめる
「そう、昔の満春はクラスでだって明るかった…あの時は確か私らはお互いを知らなかった。満春は隣のクラスでその時はあまり顔見知りじゃなかったけど人懐っこくて、人が良くて、嫌みがなくて…そしてさっき彼方が言った通りよく屈託なく笑う奴だった」
虫は泣き止み静まり返った夜の公園を迎えていた
夕日は姿を消し朝を再び迎えるための準備を始める
辺りが見えない中、明かりといえば連なるベンチに一つだけ
その電灯は疑うことなく忠実に彼方達を照らしていた
「誰もに慕われる奴も悲しい顔をするときがあった…それは決まって電話の前にいるとき」
「………」
「確かに人気者の満春に惹かれたのもあるけど…時々見せるそんな表情が私には気になって仕方なかったのさ」
空へと向けていた瞳は地上へと戻る
もぬけの殻の公園を当ても無く見つめる
「だけど、笑った顔も時折見せる悲しい顔も…全てある事件で跡形もなく消え去った」
誰もいないはずの公園を
何も見えない木々の奥をひたすら見つめ続けた
まるで脳裏で描いた光景がそこに浮かんでいるように
一体その闇の中に何が見えているのか到底想像がつかない
「悪夢のような出来事だった…何年たっても忘れやしない6年前」
…あれは夏の終わりの頃
初めて口を利いた時よりは少し親しくなった時
私は親から買い物を頼まれた帰りだった
『ったく!!ふざけんなっ!!?自分は買いに行かないからって重いものばかり頼みやがって』
丁度、駅前の通りを差し掛かっていた
その時目に入った女の子がいた
何故かそわそわとしている満春だった
『あれっ?…どうしたの?』
この暑さには鉛にしか思えないスーパーの袋を抱える
『えっ!?…あぁ、マコちゃん』
暑さにも関わらず『らしい』笑顔を私に向ける
鉛のはずだった袋が軽くなるのを感じた
『何…待ち合わせ?』
ピンと元気よく親指を突き出す
『ははっ…それ親父くさいよ!!』
『こういうのは思い切りが大事なんだよ…。言われると恥ずかしいだろうが!それより、もしかして電話の彼氏?』
事情は説明されてないけど予想はついた
悲しく見つめる電話の相手
だからあえて意地悪な質問をした
『そっか!…なるほどね。やっと会えるんだ、その人に…よかったな』
そう言うと何も言わずまたまたらしい笑顔が返ってきた
私は何だか照れくさい気がした
『あぁ!!安心…これでぴーぴー鳴く満春をなだめる役から解放されるぅ!!』
必死に隠し私は精一杯の皮肉を込めた
『…失礼だなぁ』
気に触れ怒った顔に変わる
『あれぇ…焦ってますなぁ???』
『あのね!そんなこと言われると誰だって…』
私は一息置いた
『まぁ、何はともあれ…あれだけ寂しい思いをしたんだ。ビンタの一発や二発くらわしてやれ!!…『ふざけんなぁ!?』って顎に一発なっ!!』
顎にパンチする真似を見せる
『…マコちゃん』
『あ、なんならどう殴られると痛いか教えようか?』
『はははぁ…殴りたいのはマコちゃんなんじゃない』
いきなりの指摘に言葉を失う
そりゃそうだ…こいつは殴るどころか文句一つ言わなそうだもん
それがこいつのいい所でもあるけど
悪いところでもある
俗に言う一人で何でも背負い込むタイプだ
『あぁ、かもな!!じゃーなっ!』
気付かない程度に軽く微笑んで後にした
再び腕に襲ってくる試練と格闘しようと心構えをしたとき
後ろから聞き慣れない声が耳にかする
『あのさ…あんた』
不穏な空気に足を止め振り返ると見知らぬ人が満春前に立ちはだかっていた
それは1人2人じゃない5人位はいる
怪しい雰囲気で満春を見つめていた
なんの用事なのかその時分からなかったけど
どう見ても満春は知り合いといった感じの表情をしてなかった
『……?』
相手も友達という間柄にはどうしても思えない
でも、これだけは確信した嫌な予感がする
あまりにも悪い予感だ
だけど、私が確認のために一応満春に聞いた
『この人達知り合いか?』
再び満春の元に戻る
小さく耳打ち
『あ、…え、うぅん全然』
そう話す側から不信な空気が放たれている
知り合いじゃないのなら私はためらうことをやめた
こんな奴らに関わる筋は無い
『行こうっ…』
言い終わる前に腕を引っ張った
満春も感じ取ったのか抵抗なく無言で私の後ろからついてくる
『ちょっと待って!!』
相手にしなかったのが気に障ったのか
3人くらいがその号令に従い目の前に立つ
声がさっきより張りあがって聞こえた
よりドスの利いた声で私達の足を止める
すかさず5人の中で一番偉いのか身なり悪そうな女が話しかける
それはあからさまに満春のほうに視線を向けていた
『私らその子に用事があるんだけど…』
用事があるなんて温和な瞳じゃない
ますます嫌な予感が的中した気がした
『いいから行こう…』
『待てって言ってるだろ!!…』
『……!!』
横暴な言葉と同時に満春の腕が引っ張られる
思わず満春は体勢を崩してしまった
『あんた、桐谷満春でだろ?』
『…っどうして貴方達に答えなくちゃならないんですか』
彼女には似合わない表情で女を睨む
それに対抗するように女も負けていない
女の背後からも睨み付ける奴がいる
『言われたこと答えればいいんだっ!!』
『名乗らなくても知ってるんじゃないの?…馬鹿みたいに自己紹介しなきゃ駄目なの?…幼稚園児じゃあるまいし』
腕を引っ張ったこの人物を完璧に敵と見なしたようだ
満春の眼光に親しまれていた微笑みはない
容赦ない怒りをむき出しにする
『このっ!!こいつ生意気なっっっ!!?』
手のひらを振り上げるそれは空中で止まった
思わず目を伏せる満春
だが思い止まったのか平手打ちは空中で終わった
どうやら人だかりを気にしてのようだ
『…っいいからついてきな!!』
怒りを抑えて言葉にする
『なっっ!!そんなことさせるかよ…満春行くことないよ!!』
『ちっ!おい、あんたには関係ねーよ!!』
引っ込んでろと言わんばかりに私の身体を突き放す
痛いと言ってる場合じゃないひるまず口を挟む
『関係なくなんかねぇ!!あんたら満春に何するつもりなんだよ』
『はぁ?!何って話し合いだよ…なぁ?』
後ろにいる仲間と顔を合わせる
『話し合い???…手を挙げようとしてた奴のいうことじゃないけど!?』
私はリーダーと思われる奴に人差し指を突き出す
気に触れたのか頭に血がのぼったようだ
思った通りの単細胞
拳ははっきり分かるくらいに震え顔は歪んでいた
満春に限って何したのか分からないけど
少しは私の方に怒りを向けてしまえばと思った
満春一人にしてしまうとやばいって
『あんた、手が震えてるよ。また力で訴えようとするんだ…馬鹿の一つ憶えだぁね』
ビンタ一発でもしたら終わりだ大声で叫んでやる
わざと高らかに笑ってやった
相手がちょっとでも私の方を気にするように
理性が切れたのか今度は迷いもなく思い切り腕を振り上げる
それが振り下ろそうと体勢と変えたとき
『待って!!!!』
いきなりの怒声に持ち主が分からなかった
ゆっくりと周りを見渡すと瞳に入ってきた
『用があるのは私だけでしょ!!?だったら余計な事しないで下さい!!』
凛とした声で立ち向かっている満春
女は標的をまた満春へと向ける
『なっ!…満春っっ!!!?』
『いいから、マコちゃんは黙ってて?ねぇ…?』
まっすぐで澄んだ瞳が私の口をつぐませた
だけど心の中では疑問で溢れかえっている
こいつらは一番お前が目当てなんだと
『ふんっ!!最初からそうすりゃいいだ…』
そして先頭を切って歩き出す女
後ろから私に眼を飛ばしながらついていく他の4人
気にすることも無い視線は素通りした
私が気にしてるのは満春
相手の誘いを受け入れてしまった満春が気になって仕方なかった
時々目に入るあの女の満春を見る瞳
言葉して男みたいな暴言
私も言葉遣い悪いけど似ても似つかない
尋常とは少しも思えなかった
嫌な予感は確信へと変わらずにいられなかった
『満春…!』
思わず満春の名前を呼んだ
『行くな』そう言おうと呼び止めた
だけど、私がそう名前を呼ぶと振り返っていつもの微笑みで返してくれた
いつも友達に向けるいつもどおりの笑顔
『また学校でね…!!』
やっぱり嫌な予感がした
満春が笑顔でいればいるほど
もう、満春には会えないようなそんな気がした
動こうと懸命に指示をする足は金縛りのように地面に縛り付けた
でも、私は的中しないようにと考え方から消そうと必死になっていた
私は数分立ってもその場から離れようとしなかった
ただただ立ちつくしてるしか
満春の消えた方向を眺めていることしか出来ない
彼女の姿をもう一度見る限りは…
その状態があと15分続いた時
いなくなった道からさっきの連中がフラフラしながら出てきた
『!!!!』
視力はあまり良いほうじゃない
だが、一目で理解できた
彼女たちの動きが異常なことを・・・
怯えているような表情
あまりにも足元がおぼつかない
何回も転んでは起き上がってその場から離れようとしているように見えた
身体が恐怖で打ち震えているように見える
嫌な予感は的中だって頭の中で連呼する
やっぱり一緒について行けば良かった!!
予感がしたのに何で思い過ごしてしまったんだ…
でも気のせいなのかもしれない
私の思い過ごしなのかもしれない
迫ってくる真実に思いきって口を開いた
『おいっっ!!満春はどうしたんだよ!?』
肩を掴んだ手には微かに血が付着していた
『ひぃっ!!!!?』
私の掴んだ手に過剰反応する
『っ!!!?』
考える余地もなく真っ先に逃げてきた女を振り向かした
相手は放心状態…意識はそこになかった
この状況を信じたくない
思わず目を伏せたくなった…それは出来ない
心臓は一時機能を忘れてしまう
嘘なら嘘だって誰か言って欲しい
嫌な予感はしただけど…こんな
女の服には赤い絵の具をぶちまけたような跡がついていた
見てなくても分かる…
これは…これは…血だ。
一体誰の血…
この女は無傷だ
…考えられることは一つしかなかった
こいつらが怪我が無いとしたら
その結論に達したとき止まりそうな心臓は分倍にスピードを上げた
苦しい、痛いなんて言ってられない
動悸は私をまったく無視して加速をあげていく
嫌なバクバク音が体中に浸透していく
視界が真っ白になっていくのをまるで第三者のように見つめていた
嫌な汗が背中を伝っていく
『わ、わ、私は悪くないっっ!!あ、あぁ、っあいつがっ!!』
とりつかれたかのように首を激しく振る
さっきの威勢は見る影もなく消え去っていた
今はまるでこれから殺されるみたいな表情をしている
そんな女の行動に一気に我に返る
『あ、あいつって誰だよ!!…おい!!!おいっっ』
『私じゃない、私じゃない!!!?私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない!!』
会話になっていなかった
というか、会話にならなかった
一瞬にしてイラだった私は女の手を乱暴に払った
私じゃない…私じゃないって一体誰が。
『……!!』
その時気付いた
あの通路から出てきたには確か4人
一人足りない!!
あの中で一番満春にくってかかってきてたあの女
『…なんでまさかっっ』
ダッッッ!!!!
勢いよく駆け出す
この予感は当たって欲しくない
でも間違いなく確実に
嫌な予感がする、嫌な予感がする、嫌な予感がする!!
私は無我夢中で駆け出した
心では否定する
そんなはずない…だけどさっきから震えが止まらない
無理矢理震える足を叩き走る
ただ行かなきゃならない
頭では何回も最悪な事態がこの数分間で繰り広げられる
そう頭の中で警告していた
カランカラン…
何か蹴飛ばした気がする
だけど気に何かしていられない
『ハァハァ…ハァハァ』
まだ全然走っていないのに意志とは反対に息が荒れる
細い路地を幾つも幾つもぬけ
目的の場所へと足を運ばせる
バッッッ!!?
―――――……っ。
信じられない光景が眼球に飛び込んできた
心臓は大きく跳ねる
まだ頭ではその状況を理解できてないというのに
そのまま後ろに倒れそうになる
足に力が入らない
手に力が入らない
変に静まり返っている周りの騒音
風や蝉の声は止んでいた
やけに埃っぽさを感じる路地
丁度電信柱の影に満春はいた
…周りには血が溢れていた
笑顔がない…動いてない…立ってない
満春は指先ピクリともなくぐったりとしていた
私はこの状況を目を背けたくなるくらい信じたくなかった
つま先に力をこめ
近づこうと足を動かそうとその時
『………えっ!!!!?』
スローモーションのように視線を移すと
今にも獣に成り果てんとする女
女は眼球が飛び出てきそうなほどの殺気で満春を睨んでいた
睨んでいるだけで相手が朽ちそうな
よく見ると水道管の切れ端のようなものを握りしめている
先端には…血が、血液が付いていた
それは生々しく
いわゆる道ばたの凶器である
私の心臓は何度も何度も早鐘の打つ
冷静になろうとするその分だけ漠々と高鳴りだした
気付いたときには駆け出していた
再び動かない満春に近づこうとしていた
『や、やめ!!!!!!?』
決死の覚悟で咄嗟に女に飛びかかる
必死にあがいて掴みかかった
『っく…やめろっ!…お前何する気だっっ!!…っく』
『なっっ!?…貴様は、離せ!!』
私はとにかく持っているものを落とそうとしがみついた
だけど、半狂乱に陥っている者の力
それは例え女でも圧倒的に押される
フッとした隙に私は振り払われた
右半身から滑るように地面に転がる
怯んでなんかいられない!!
怯えてたらこいつ今度は何するか分からない
再び女の身体にめがけて体当たりする
『…離せ!!こいつさえなければ…!!』
あまりの言い方に息をのんだ
その一瞬で私はさっきよりも強い力で地面に叩きつけられた
満春の姿が遠ざかっていった