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21.開かれたドア

いきなりの訪問に唖然とするばかり

さっきまでの雰囲気が消え去っていた

我に返えると途端笑顔を浮かべる

 「あ、ごめんなさいね。いきなりでボーっとしちゃって…」

そう告げると家の中へ招き入れる

 「失礼します」

ヒンヤリとした床を歩いた先にダイニングについた

よく家族で楽しく食事をする部屋

違和感が増すこの感覚

目の前にいる女性はもっと和ませる雰囲気を持っていた気がする

紅茶を入れる落ち着く音がしばし続く

 「こんな物しかなくて…ごめんなさい」

 「あ、そんなお構いなく」

カチャ…

椅子に座った彼方の目の前にカップが規律よく置かれる

何もすることがなくなった母親を目の前に

先立ってる沈黙を抑えるように紅茶を一口

 「良い香り、おいしいですね…この紅茶」

 「ありがとう」

 「引っ越し、したんですね。ビックリしました。」

 「えぇ、ちょっと」

あまりにも簡潔的な答え方に戸惑いを憶える

早く本題に入って欲しいのか

それとも早く帰って欲しいのか

何故彼方がここに来たのか気になっている

視線は何処に向かうことなく泳いでいる

そう察した彼方は急かされたかの様に用件へ入る

 「突然ですみません。今日、俺がここに来た理由は…」

急かしたこととは裏腹に瞬時に母親の表情が強ばる

が、彼方は構わず続ける

 「回りくどく言うのも何なんで率直に言いますけど」

 「…………」

知らず知らずの内に緊張のあまり息をのむ

 「実は6年前、一体何があったのかを知りたくて」

目の前で入れたばかりの紅茶を飲もうとしていた手が止まる

言うならば飲もうとする行為ではなく

心を落ち着かせるための行為に見えた

 「な、何かというと?」

 「…身に覚えとかありませんか?満春ちゃ…満春さんに聞いたんですけど」

 「ごめんなさい」

何に対してか分からない怯えた顔をちらつかせる

明らかに身に覚えがある様な顔に追求をしない彼方

そしてまた沈黙の波が2人を襲った

 「じゃぁ…俺が最近満春ちゃんと逢ってることは?」

 「………」

 「そうですか」

答えないのは肯定と同じ

しかしうまく会話が続かない

 「じゃあ、俺の独り言として」 

 「え…?」

突拍子のない言葉に穏やかな空気が流れた

母親の顔も緊張の糸が一瞬解けた

 「俺、今じゃそれなりのミュージシャンやってますけど昔は落ちこぼれだったんです。だけど何よりも誰よりも早く人一倍努力してここまで来ました。…その道のりは厳しくてうちの社長は俺のこと天才ってはやし立てるけど、そうじゃないはじめは何もスムーズにこなせなくて一人泣いてたりもした…。俺泣き虫だったから。知ってますよね?よく俺、満春さんと一緒に歌うたってたの…近所中聞こえるくらいの大声で」

 「…えぇ」

 「笑って楽しくてただ歌ってでも、それは子供の世界だけで、世間ではそう簡単に通用しなかった…この自身の力は言ったら凡人もしかしたら人並み以下かもしれない。でも上に行きたい気持ちだけはだんだん膨らんで上手くいかない自分がて悔しくて涙流しながらも俺は人の100倍練習したそれを見ていない大人が勝手に天才って連呼してるだけで…」

昔話に続けていく

 「どうしてそこまで?」

ここでやっと母親が口を挟んだ

その質問を予測してたかのように簡潔に答える

 「ある子と約束、してたから」

 「えっ?」

 「………」

答えは心の中で理解し話に戻る

 「もう11、2年位前の話です…まぁ、今これでも22なんですけど。小さい頃俺とその子思い出すことはいつも下らない思い出で…だけどいい思い出より鮮明に覚えてる。体中泥だらけになって帰ったときはいつも親に怒られて」

 「……」

 「食べ物も取り合って喧嘩したり…家出したこともあります…でも、一番その子と一緒にいて残ってる想い出と言えば俺は歌を歌ってるときいつも満面の笑みで聞いてくれてたことかな?…歌を聞いてるときにしか見せない特別な笑顔、本当に歌が好きなんだなって心の底から思いました。これが歌手選んだ動機でもあります…。もっと楽しませてあげたいって」

 「…!?」

彼方の真意に気付いたのか動揺を隠せずにいた

そんな変化を目にしたが無視し話を続ける

 「小さかった俺達は疑いもせずこんな日がずっと続くんだなってただ単に胸を弾ませてました。現実が訪れるまでは…そう、俺は父親の都合で引っ越しすることになった。当日、必死に泣き叫びそうになるのを我慢してサヨナラを言おうとする彼女そんな彼女を見てられなかった。何処に行くのか意味さえ分からないままただ悲しいことなんだと悟って」

手元にあったティーカップを力の限り握る

彼方の中で意志とは関係なく昔の記憶が蘇っていく

それが昨日のことのように鮮明に脳裏の映し出されていく

目の前に彼女が現れる…彼方にしか見えない彼女

 「俺を見て、泣きたいのを必死に我慢して笑うんだ…何度も涙拭きながら『泣いてない』って大好きだった笑顔でまた会えるのを信じて…」

彼方の瞳手を伸ばせば女の子に届きそうな距離

だけど彼方は唇をかんでいるだけだった

高ぶった気持ちを落ち着かせようと紅茶をのどに通す

我に返ると母親の顔から余裕が消えた

 「その時、俺はその子とよく歌った事を思い出したんです。歌ならその子の涙を拭えるんじゃないかって子供心に…。彼女がいつだって何処でだって笑顔でいられるんじゃないかって…俺がいなくても遠くに行っても悔しかった何もしてあげられない…。泣きながら笑う彼女を俺自身で守りたかったから俺はこう言ったんだ」

いつの間にか強い眼差しをしていた

行き場所のない彼方の高ぶった気持ちは

 「俺、『僕は歌手になる』って」

――僕は歌手になるッッ…!!!―――

幼い頃の彼方を呼び起こしていた

昔の自分と重なって紅茶に反射していた



 「……めてく、ださい。」

思いも寄らない言葉に

声は小さく発されたが

奥で篭ってる煮えたぎった感情が彼方に向けられる

と同時に現実へ戻ってしまった

 「やめてくださいっっっ!!!!」

ガッシャーーーーーン!!?

勢いよく机を叩くとティーカップが床へ落ちた



彼方の表情は固まった

それは今までの雰囲気をぶちこわす彼女の心からの叫びだった

床を見るとカップは無惨な姿

破片はあちらこちらに散らかってしまった

何故かその時この家に入ってきたときの違和感分かったような気がした

なにか思いつめてる?…怯えている?

そう感じた彼方

 「昔話はもういいのっ!!もうたくさんよ…!?貴方は何も分かってない!!!犯してしまったことの意味を!!!」

声を張り上げる

 「その貴方の軽はずみな行動で!!…どれだけっっっ!!!?」

このまま壊れてしまうのではないかというほど言葉を浴びせる

目の前のことが整理できずにいる彼方

 「あなたのその何気ない言葉がっ!!!満春のためにと思った行動が」

彼方は言葉を詰まらせた

 「私達家族を…満春を苦しめてるんですっっっ!!!!!!」

 「え…っ」

思いも寄らない言葉が投げかけられた

頭が真っ白になっていく

彼方はただ呆然と立ちつくしていた

何故それが自分に言われたのか

脳裏では自問自答が交わされている

 「貴方がどれだけ満春のことを知ってるんです!?貴方が華やかな舞台を歩いているとき満春はどんな気持ちで…。何もかも知っているような言い方をしないで!!?貴方に何が分かるんですか!!どうして満春は笑顔を見せなくなったのか。全て知ってここにきたの!!?貴方にはここに来て欲しくなかった…っ。どうして今になって来たんですか!!もう平穏そのものだったんです」

 「………。」

 「貴方のやっていたことは自己満足よ!!…娘を守る…軽々しいことを言わないでっっ!!貴方なんかに何が守れるっていうんですか!!!うわぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

母親はヒステリーになりかけていた

自分が今、何をしているのか

自分が今、何を言っているのか

分からない状況に今混乱しさえしている

 「…って下さい。帰って下さい!!!」

 「……!!」

 「何してるんですか…早く、さっさと帰ってくださいっ!!!!帰って帰って帰ってもうかえってーーーーーーーぇっ!!!!!!」

目の前で頭を抱える満春の母親

もう一つ置かれていたカップをひっくり返しそうになったとき



インターホンも押さずにマコが入ってきた

片手に2つのカバン、きっと自分のと満春のだろう

 「……っ!!」

思わず声にならない声を上げるマコ

部屋にこもる異様な空気

床に散らばる粉々に割れたティーカップ

今、入ってきたばかりのマコにもおかしな光景と容易に把握できる

嘘でも楽しい一時を過ごしているようには見えなかった

そこにダイニングの隅にいる彼方に目がいった

 「……!!!!?か、なた…」

状況負けしそうなマコは微かに彼の名前を呼ぶ

こんな修羅場の中立ちすくんでる二人

それに見かねた母親はますます顔を歪ませる

 「どうして!!どうして帰らないのっっ!!!…帰ってって言ってるでしょ!?もう貴方の来る場所じゃないの!!二度とこないでっっ…出てってください」

咄嗟に手元にあった受け皿を投げようとする

行動に気付いたマコは母親に駆け寄る

 「な、何してんだ!!…くっ、ちょっ!!おばさん!!!!!」

後ろから回り込み受け皿を奪い取ろうとする

マコも真っ正面から見ていられなかったのだ

何故ここまでの状態に陥ってしまったのか

何となく察しがついている様子のマコ

だからこそ真っ正面から母親を見れなかった

だか、錯乱している者の力に完全に圧倒される

床に払われるがすぐ体勢を立て直す

理性の切れてしまっている人が相手力の加減を忘れてしまっている

マコをなぎ倒す極めて簡単だ

 「早く!!…帰って!!?うわああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!」

 「お、おばさん!!!!」

床に膝をついたがためらわず母親にまた駆け寄る

とにかく押さえつけなくてはならない

今の母親では話にならない

そう、考えたのは羽交い締め状態

 「離して…!!!!?はぁはぁ」

がんじがらめにされてるにも関わらず張り上げた声を出す

もう、声はかれ声にならない声を発していた

それでも一心不乱に叫び続ける母親を目の当たりにし

マコより彼方の方がショックを受けていた



ただただ目の前のことに動揺を隠せない

 「落ち付けって言ってんだろっっっ!!!」

そんな彼方を後目にマコは声を倍にして張り上げる

外まで怒鳴り声は響いたんだろう

ずっと鳴いていた鳥達が一斉に飛び立っていく

途端時が止まったかのように静まり返った

 「………あ」

冷静になったのか脱力した声が母親の時を動かした

力を失った母親から静かにマコは掴んでいた手を離す

枯れていく花のように床にへたり込む

 「お、おばさん…」

なんと声を掛けて良いのか分からない感じのマコ

とにかく無事なのかどうか確かめていた

 「あ…まこちゃ」

自分が何をやってしまったのが辺りも見回す

すがる物がなくマコの制服の袖を必死に掴む

力の宿っていない瞳

きっと今は何を言っても受け入れられないだろう

気持ちがひしひしと痛いほど伝わってくる

そんな表情がマコを不安にさせる

 「ご、ごめんなさっ…1人に、…1人にさせて」

何も言ってあげられないマコは言うとおりここを去るしかなかった

ゆっくりと席を立った 



張りつめた空気から解放されると

もうすっかり夕日が顔を出していた

辺りは夕日に身を任せオレンジ色に染まっている

雑談をしていた主婦達は夕飯の支度へと場を移したようだ

 「………。」

何も話すことがなく無言が続いていた

そのマコの後ろ姿を彼方は意味ありげに見つめる

 「あのさ…」

沈黙はマコの言葉で破られた

 「あんた、もう帰った方がいいぜ。それと…ここにはもう来ない方がいい」

 「え…こない方がって」

何故そう言われるのか分からないらしい



理解できてない彼方に構わず背中を見せる

 「あ、ちょっと待って!!」

改めて思う冷静になったから分かるけど

さっきの様子から見て言い方は可笑しいけど何度見ている

一度や二度の出来事じゃないって事

この子は6年前の何か知ってる

彼方がここに来た理由を知っている

だから来ない方がいいと言ったと思うし

そう解釈した彼方はマコに腕を引っ張っていた

 「事情知ってるなら知りたいんだ…!頼むっ…教えてくれ!!」

 「…話?」

 「あぁ、何でも良いんだ。君は知ってるんだろ?」

マコは遠くの風景を見つめる

 「勝手に感じてるだけなのかもしれないけど…俺の知ってる6年前とまったくかみ合っていないんだ!!一体どういうことなんだ!?」

景色のまた向こう側を見ていた瞳が足元へ落ちる

何か思うところがあるのだろうか

 「………」

 「分かった」

そう言いながらマコは歩き始めた

ついてこいと合図かのように

淡々と歩き話の出来る場を捜す

時刻は沈み始めていた夕日が知らせてくれた


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