19.戸惑う怒り
足取りはとても単調なものだった
規則正しく尚、冷ややかに足音を残す
通路を淡々とした足取りで通行者を容赦なく追い越す
それは普段からは考えられない表情の彼だった
手当たり次第にドアというドアを開ける
すごい剣幕で扉を開け同じ様な調子で次々と確かめていく
そんな彼方を見てスタッフはどうして良いのか分からず戸惑っている
いつもなら笑顔の彼が…
女性スタッフを見つけてた一つ言葉を残していく彼が
初めから見えてないかのようにすり抜けていく
ただ一人の女性を抜かして
彼方の目は大きく見開かれた目的の誰かが見つかった
と同時に力の限り腕を引っ張った
「…ちょっと来て」
「なっ!…何ッ!?」
速瀬は引っ張る力に後ろへと倒れ込みそうになる
抵抗しない訳がない…彼方は平常心のカケラも見えない
「彼方…離しなさい!!話ならここで聞くわ」
負けじと腕を戻そうとする
「いいんだな?…ここで話して。いいんだな!!!!」
驚いた声も彼方の耳には届いていない
あまりの豹変振りに腕の力を失った
そしてたどり着いた先、それは空いている会議室
バタンッッ!!?
「ち、ちょっと!!彼方!!?」
会議室に入った途端速瀬は乱暴に腕を振りほどく
「放しなさい!!」
「………・・・」
乱れた長い黒髪を整えながら言葉を繋げる
「どうしたの…用があるから引っ張ってきたんじゃないのかしら?」
そう言う速瀬の言葉を遮る
「速瀬さん…俺の言った事だけを答えてくれ」
いつもと違う彼方の声に何かを感じたようだ
「え?えぇ…」
返事した速瀬の言葉から少し沈黙が流れる
静かな会議室に彼方の息を吸った音が広がる
「一つ聞きたいことがある…速瀬さんは6年前の事何か知ってるの?」
そのわずかな反応を見逃さなかった彼方
「6年前っていきなりそんなこと言われても見当がつかないわ」
「…知ってるんだな?そう6年前、おれがある女の子に会いに行こうとしたとき」
表情を変えないいつもの速瀬
「何を言ってるのか分からないわ…順を追って話しなさい!」
主導権を譲らない速瀬
それに食って掛かるように言葉をかぶせていく
「あんたはも十分理解しているはずだ…そうだろ?彼女の名前を聞いて動揺を隠せなかった速瀬マネージャー?」
ちゃんと見ていたと言いたげに上から見下ろす
「なんのことを言ってるのか彼方の一方的な話に――」
さらに言葉を重ねる彼方
「じゃぁ、6年前は覚えてるよね?俺が雨の中駆け出して言った時のこと」
「………」
速瀬は髪を誤魔化すようにかきあげる
「知ってるも説明するほどのものじゃ…私の忠告も聞かずに駆け出して…」
「その話じゃないんだよ…」
決して大きな声ではないその余りにも低い声に速瀬は言葉をのんだ
「6年前…俺が待ち合わせをしてて熱を出したとき…」
「………!」
「彼女の身に何があった…?あんた何か知ってんだろ?」
明らかに知ってるとにらんだ彼方は脅迫じみた瞳をする
さすがの速瀬もたじろいだ
「彼女の身にって私がなにか知ってるとでも?」
一瞬で速瀬は自分のペースを取りもどす
おぼつかない足取りでドアへと足を向ける
「………」
「こんな下らない話はもうお終い!!っほら!!移動でしょ…?さっさと用意しなきゃ」
「…そうだね」
返ってきた言葉からいつもの彼方と感じ取る速瀬
気付いてないのか聞こえるような安堵の息をもらす
「どうしたの?早く…」
「桐谷満春」
「だから!!…その話はやめなさ……っ」
振り返った速瀬は一気に顔が強ばる
そう言った彼方に視線をあわせない速瀬
空気は増して重くなっていった
まるでこの室内だけ時間に見捨てられたかのような
1秒足らずの発言は思った以上に有利な立場へとさせた
「俺は名前を出しただけだ…なんで『その話』と繋がるの?説明してもらえる」
単なるカマカケ
それにまんまとはめられる
「やっぱり何か知ってるんだね…おかしいと思ったんだ。速瀬さんの満春ちゃんに対する態度ははっきり言って異常だから。あれから必要に俺のこと気にかけるし、あんたは気付いてないだろうけど」
「なんで黙ってた?『事件』についてもあんた何か知ってんだな?」
「………」
速瀬は言葉を詰まらせる
「6年前から知ってて話さなかったんだな…?」
もう、速瀬の顔色を探る必要なんてなかった
顔を見てしまうとぶつけようがない怒りが増してしまう
「俺、速瀬さんのその態度で確信したよ。この前彼女にあって話してもらったけど」
「…な、にを」
恐る恐る質問をする
「偶然聞いたんだって…話をしているのそれが記憶だの6年前とか俺の名前とか断片的に出てきたらしいそして当時の『マネージャー』の話も」
「……っ」
「断言は出来ない…。でも可能性はあるって思った。あの子だけ俺の名前知ってたのも、同じ名前なのも、あの子にあって懐かしい気持ちになるのも。面影を感じるのも長年満春ちゃんが逢いたかった待ち焦がれていた女の子『みはる』ちゃんだから」
「引き合わせてくれた。運命とか馬鹿げてるって思う…可能性は限りなく低いんだから」
思い出さずにはいられない
昔、別れた彼女の涙を思い起こす
速瀬は沈黙を突き通す
「でも俺には分からない…なんで6年前に来なかったのか。どうして、どうして記憶をなくしてるのか」
かたくなに口を閉ざしたままの速瀬に問いかける
「もう一度聞くよ…あんた一体何隠してる」
「…知らないと言ったはずよ。ロケバス表に出して置くわ」
言い終わる前に会議室を飛び出す
去ってしまった速瀬を目で辿りながら声を出せずにいた
抑えられない怒りを壁にぶつける
大きな打撃音は空しく会議室に響いた