17.ワタシの背景
夜はいつの間にか深まっていった
いつ夜になって、いつ深まっていったのか覚えてない
お泊まりの基本は夜中、一晩中語り明かすこと
枕の上に肘乗せて他愛ない話をすることでしょう
深まっていくにつれ他愛ない話から愛ある話になるでしょう
でもマコのやってることは随分違った
…容赦なく『倒れた』
お酒を飲んで酔い倒れる
だけど私はお酒に弱く、マコはそこら辺は強者
一方的に私だけ酔って倒れた
その有様がいまここにいる私
「……うっ!」
あまりの頭の痛さに起きる
ここ何処?…あぁ、そうか…
お酒臭い、変な匂いがする
重い腰を上げ窓ガラスを開ける
深いため息をつきながら酔いを覚ます
月がこんなにもはっきりと見える…深夜ってところ
気になり時計を見るとやっぱり3時と示している
「……?」
フッと振り返ると隣にいたマコの姿が見えない
何処行ったんだろう、寝てると思ったのに
トイレかな?…
案外トイレ行ってそのまま寝てたりして
下に行くついでに酔い覚まし水を持ってこよう
そう決め軽く上着を羽織り階段へ差し掛かる
深夜、階段を下りる度に軋む音が響いた
音をなるべくたてないように静かに歩く
昼はそんなに気にならないのに
どうして夜になるとこの軋む音はやけに大きく聞こえるんだろう…
暗い中潜在された『恐怖』っていうものが耳を敏感にさせてるのかな?
とりあえずは
眠ってるであろうお母さんを起こさないように
「…?」
誰かの話してる声が聞こえる
あ、リビング…暗い中でフロアの光が廊下へ漏れている
ドアが空いていたので隙間から覗く
マコとあれ?お母さん…こんな夜遅くに
誰か分かり安心しドアを開けようとノブに手を掛けたとき
「…満春が」
突然マコが私の名前を呼んだ
ノブを引くのをためらった
一瞬私に気付いたのかと思った…違う私の話?
「満春がさっ…最近笑うようになったんだ」
マコはそう微笑みながらお母さんに告げる
まるでいつも会話をしてるかのように親しく
「そう…あれから6年経つものねぇ」
6年経つって?
「最近は…よく顔にも出てくる様になった」
今度はお母さんの表情が変わった
心なしか顔が陰ったような
「やっぱあまり、嬉しそうじゃないんだな…」
私の心を見透かしたようにマコが問いかける
気のせいか声のトーンが下がった気がする
でも、どうしてこんな夜中にヒソヒソと2人で話なんか
「自分の娘が今、前の進もうとしてるのに…相変わらずそんな表情するんだな。」
クイズを出されてる時みたいにむずがゆい思いが充満した
相変わらず…気のせいじゃない
マコとお母さんは随分前からこうやって話してたんだ
2人が何に対してこんな口論をしているのか見当がつかない
でも入っていけるような空気じゃないのは分かった
「嬉しいわよ…嬉しくないわけがない」
言葉が詰まりながらもはっきりしない篭った声
話せば話すほど醸し出す雰囲気が重くなる
そして2人の口調がどんどんと強くなっていく
マコ一人がムキになって言葉を重ねる
「……理由、知ってんだな?……」
「…えぇ、奏汰君の電話番号が記してあった紙切れを偶然満春の部屋から」
!!!?
え?…なんで彼の名が?
何故かそこで彼方君の名前が出てきた
2人の会話の意図が見えない
「まだ怖いのか…?」
いつも大笑いしていて大雑把なマコ
希にも見ない顔をマコはお母さんの目の前で露わにしてる
「マコちゃん、貴方には分かりません…母親として妻としてのこの複雑気持ちは。どれだけこれまで辛い思いをしてきたか…知らないんから」
いつも私にさえ関心のないお母さんが感情をむき出しにしてる
私の心は正直に動揺していた
「はっ、まるで私は部外者的発言だな…」
お母さんの言葉にあきれ返る
「っ!!分かってたまるかよっ!…そんな自分ばかり苦しいみたいな言い方して同情なんてするか!心を閉ざしてるからって顔に出さないからって平気な訳じゃないんだ!?何度本人さえ分からないところで満春が泣いてると思ってんだ!!」
マコの声も張り上がってきた
見たこともない光景に身体が震える
どうしてこんなに不安で孤独な気持ちになってるんだろう
「分かってます…!!変えていくことは悪いことだとは思ってません…ただ彼と会って何時あの事件のことを思い出すかって思うだけで何もできないのよ!!現状維持と言われても…だからこれでいいんです。何もしないほうが満春のためなの!」
頭を抱え込むお母さん
押さえきれない苦しみが今にも爆発しそう
「何だよそれ…前から彼方に会わせるのは気が進まなかったのは知ってるけど…あいつの記憶は一体どうすんだよ!!」
私の記憶…笑顔?
「私はこれ以上あの子の泣くところは見たくないの!!きっと記憶が戻れば走り出すわ。あの子のことですもの…なりふり構わず駆け出してその後ボロボロになった満春をマコちゃんはどう受け止めるつもりなの?」
「私は私のやり方で受け止める。もともとそうやって日々逃げて行くのが嫌になったんだ…そう言い続けて満春の記憶なくなってから何年経ってるんだよ…らしくないんだ私もあいつも」
私の記憶がなくなってから…!
何言ってるの?
「今まであいつが記憶失ってから一度も笑ったことがないんだ。辛いんだよ…あの事件から!!感情が欠落してるあいつは何にでも無関心で昔と違いすぎて悲しくなってくる。そんな事実をおいといてこのままで良いって言えるのかよ!!」
たまらなくなり腰を上げるマコ
「マコちゃんには私の気持ちは分かりません!!他人だからそんなことが言えるんです…大事に育ててきた娘を…っ!そんな知らせを聞いた私の気持ちも、出来れば私が変わってあげたかった気持ちも…どんな思いで消えない手術ランプ眺めていたかっ。現実逃避そうかもしれない。でも何がいけないの?これは私と満春の問題親としての決断です」
「私と満春の問題…他人事、一番ムカつくいい訳だな」
居たたまれなくなって涙を流す
だけどもう…マコ達の話を聞いてるので精一杯だった
頭が鈍器で殴られたように痛い
そう心の中で叫んでいた
6年前・・・記憶、彼方君・・・事件
脳裏にその言葉だけが回っては消えていく
潜んでいた傷が生々しく蘇ってくる
事実だと知らせてくる
それを私は必死に飛び出さないように抑えていた
一度気を許してしまうと自分が壊れていく
私が私でいられなくなるそんな気がする
そんなことを余所に会話は続いていく
「その事件がある前は家族皆、幸せだったんです。あの成長した彼方君に会うまでは6年前再会するまでは何事もなく幸せだった」
昔話を途中で打ち切る
「今回、また彼方に会ったお陰で…また心を開き始めてる。殺していた感情を…また昔の満春に戻るような気がするんだ…確かに他人だし、人ごと…満春の事ばかり言ってるのは私自身分かるよ。だけどただ思うことは昔の笑顔を戻してあげたい」
「……。」
「悪いけど叔母さんが言ってることって身の保身にしか聞こえない…はっきり言って現実逃避だ」
言葉を選ばず思ったとおり口にするマコ
怒りと情けなさに顔を背ける
それと同時に入り口に黒い影がのびてることに気付く
「みっ…満春!!!!?」
誰かの呼ぶ声が聞こえる
「……!!!」
あ、2人が駆け寄ってくる・・・
マコが私の名前を呼ぶ
もう…駄目。意識が…
頭が宙を舞ってる
バタンッッッ!!!?
「み、満春っっっ!!!!」
朦朧とした意識は容赦なく白い世界へと私を連れ去った
何も考えられない
記憶の迷路には待っている中
何度も見た幼い少女が元気に騒いでいた