11.異常な程の執着
今、彼方は雑誌の撮影をしていた
撮影はスムーズに進んでいき和気あいあいの間に終了
「はい、お疲れさま彼方…すごく良かったわ!!」
「……あぁ」
タオルを手渡し挨拶まがいな言葉を並び立る
いつも言われなれてる人からの言われなれた言葉
別に嬉しいとも思わない
きっと速瀬さんだって仕事として言ってる
そして毎度のことながら仕事の話になる
「さて!!シングルは来月に迫ってるから…忙しくなるわよ!あ、この後一つ取材入ってるからボヤボヤしてる暇ないわよ!!相手の方、年期入ってる先輩なんだから」
嫌に速瀬は張り切って話し出す
仕事の時はこんなテンションなのだ
気にもとめず置いてあった水をがぶ飲みしていた
「速瀬さん、俺の上着は…?」
「え?あぁ…あそこ、椅子のとこよ」
不意に言われ速瀬の話は中断
人知れず彼方は上着が置いてある方に足を向けた
その行動に速瀬の顔が陰る
「また携帯?…最近携帯に目を通すの多くなってきたわね」
上着にたどり着いてないにのに先のことが分かってしまったらしい
「別にそんなことないけど…?」
気にする事なく上着をとる
「そう、なら何も言わないけど…いい?何回も念を押すけどアーティストにゴシップは御法度よ!!貴方は今、大事な時なんだから、いいえ!!これからも…。一回引退報道出したのにまたこんな仕事が入ってくるなんてあり得ない事よ!!そこをもっと理解しなさい!!だいたい報道だって勝手に生で貴方が軽はずみなこといったから流れてしまって…少しは自分の立場を気にしなさい!!」
何も言わないと言った割にはよくしゃべる
そう思いながら速瀬に聞こえない程度の声で反抗する
「別に軽はずみじゃなかったよ…ただの自暴自棄」
「分かった!!?」
再度念押しの言葉をはいた
それに少しカチンときたものがあったのか強い口調で言い返す
「はいはい分かりました!!…携帯見ただけなのにそこまで言われるとは思わなかったよっ…話はそれだけ?」
それだけ言い捨てると速瀬の横を通り過ぎる
2人の間にただならぬ空気が流れた
「待ちなさいっっ!!」
彼方の行動を一喝した
それはさっきまで和気あいあいとしていたスタジオを凍らせる
通り過ぎた彼方の元へと歩みよる
冷たく鳴り響くハイヒールと共に
「もう一度言っておくわ…恋愛は禁止よ!!何度も言わせないで…それにまた前みたいに見放されるに決まっているわ!テレビでお洒落な洋服を着て綺麗な言葉を並び立て眩しい位のライトに照らされて歌って成功してって皆、煌びやかな世界へと期待を馳せる」
つらつらと速瀬は話す
「初め一緒に頑張ってきた友人も次々に仕事が飛び込んでくる姿を見ていつしか妬みに変わっていく…励ましてくれる彼女も…初めは応援してくれる。でも、近くにいた相手がいきなり遠くへと。距離ではない…成長という意味で…自分より先へと行ってしまうのが焦りとなって憎悪を生む。それが幼い頃の話なら尚更。多感な時期確実に上り詰める貴方は彼女にとって疎ましいかった。彼女だけの問題じゃない…。有名になる人気になるっていうのは貴方も仕事のために大事なものを捨てなくては手に入らない…」
「…………。」
見たこともない速瀬の瞳に黙っていることしかできない彼方
ふっとそんな瞳が現実へと返っていた
「いい!?…だから」
「いいよ、もう分かってるって…飲み物買ってくる」
吐き出した声は心なしか寂しげ
重い足取りでスタジオを後にする
何回その話を聞かされたことだろう
通路に出て2、3歩進んだところで無意識に足を止めた
力無く壁に背中を預ける
「……。」
聞こえないため息をつく
そしてもう一度携帯を取りだし場面を開く
『着信0件』
なんの連絡もない空しい携帯を見続けていた
『何で!何でだよ!!…何で会っちゃいけないんだよ!!』
彼方の脳裏に幼い頃の自分がよみがえる
机の上で強く自分の手を握りしめる彼方
『何でって…分かってるの!?貴方はこれから世界に出るの!!それがどんな意味か分かる?これからたくさんの言葉を届けるの!!たくさんのメディアに『彼方』のことを知ってもらうの…それがどれだけ大変なことか分かる?』
『…だけど』
『社長も貴方を認めてるわ…だからこそその期待に応える意味がある!!生半可な努力では応えられない。それには彼方、貴方は大事なものを捨てなちゃいけない…これから渡っていく中で必ず邪魔になるわ…はっきり言うわ。そんな甘い一時の感情なんて捨てなさい…貴方はこの道を選んだの。貴方自身で契約書にサインをしたの…そんな薄い夢物語と契約書どっちが重いかなんて一目瞭然…考えるに値しないわ』
『速瀬さん…僕が何故、歌手になりたいか知ってますか?』
『……。』
頭の中少し沈黙が続いた
『…小さい僕らにはあまりにも広すぎるんです…』
そう言い放つと
走って脳裏から消えようとするとき速瀬の声が呼び止めた
『…一つ言っておくわ。貴方はその子に会いたくて会いたくて仕方ないでしょうけど…彼女もそんな気持ちでいるとは限らないわ…夢を見ているのは貴方だけかもしれない』
『…でも、電話越しで喜んでくれた…。』
『言葉では何とでも言えるわ…冷静に考えると色々と見えてくるものよ。眠ろうと目を閉じた時、一人家にいる時…食事をしている時…ふっと沸く自分の本当の気持ち、醜いもの。…それは貴方が信じ続けている幻想。待ちわびてると思ってるその子も一緒…果たして貴方が必死に頑張るほど彼女は必死に貴方のことを思っているかしら?以上とは言わないわ…同じくらいに。覚えておきなさい。これは大切なことよ』
幼い彼方は速瀬に言い返すことが出来なかった
そんな自分が悔しかったのか力任せに構わず飛び出す
『信じられないって顔ねぇ…開花するだろうけれどまだまだ子供…何が起こっているのかも知らずに、嘘と思うのなら行きなさい。』
そう言い終わる前に彼方は駆け出していた
何に対して不安になっているのなも分からずに
不安になる理由なんてなかった
幼い頃抱きしめた彼女の顔は笑顔だった
だから頑張れるって思った…
幼い彼方は雨の降る中約束の場所へと向かっていた
人並みをかき分けまだ見えてもいない目的地に場所へと気を走らせている
まるでもう目的も場所が見えてるかのように…
土砂降りの中何度も何度も転びそうになりながら
大雨の中見え隠れする自分では見えない不安な表情
幾度となく生まれてくる最悪な状況と戦いながら
『ハァハァハァ…』
服の所々に泥が跳ねながらたどり着いた約束の場所
息つく暇もなく左右を見渡す
隙間なく髪からこぼれ落ちていく雫に視界を奪われる
目に染みる
それでも辺りを見渡そうと顔を拭う
『ハァ、…ハァ』
もうとっくにたどり着いた
彼女が、いない…
彼方の心をますます不安定にさせた
そんな気持ちを無理矢理消し去り今かと彼女を待つ
余計な考えに首を降る
次瞬きしたとき…次目を閉じた時
左へ向き直った時…右へ振り向いた時
…彼女はいる…
何度行きかう女の子を彼女だと思っただろう
彼女なら髪を伸ばしてるはず…
彼女ならあんな素振りで僕を迎えてくれる
仲良さそうに歩く恋人達を見送っただろう
人並みに彼方の心を痛めつけていく
フッと目にした柱に身体を預ける
気持ちを落ち着かせようととった行動だか
すぐ居たたまれなくなり外に出ると絶え間ない雨が彼方の身体をぬらす
外で待つことにしたちょっとした雨宿りの場所を見つけ
水たまりを蹴りながら、手のひらに雨の滴を弾かせながら
通り過ぎる人と人の隙間に希望を抱きながら
最初は必ず僕が見つける
最初に久々に名前を呼ぶのは僕だ…
気付かない彼女に笑いかけるのは僕だ…
『大丈夫・・・きっと来る。今に人の間から顔を出して』
大丈夫なんて思っているようじゃもう大丈夫じゃない
雨の中寒さで震えながら
両手で身体を温めながら
まだ見えない一人の少女を待っていた
……………
『来ない…』
……………………っ!
『ど、どうしてこないんだよ・・・』
それから数時間経った
雨は霧雨になり止む気配がする
掌に乗せる雨は雫になんてならなかった
それからは覚えてない
それからどうやって帰ったのか
俺は歩いてさえいたのだろうか
後で速瀬さんから聞いた
自分は雨の中高熱を出して倒れたのだと
それからパタリと彼女の連絡は途絶えた