波乱・万丈
「これでも喰らえクソ侵略者どもが!」
戦場で轟く爆撃音の前ではジョンの放った銃声など、まるで子守唄の様だった。
奴ら《侵略者》はこの星にある日突然現れた。唐突に、何の前触れもなく。そして間もなく蒼い大空は白銀の船で覆いつくされた。
侵略二日目で各国の軍が六割方壊滅。七日目には世界全体での生存者が七億人を切った。
研究者たちは必死に侵略者の言語体系を解析し、休戦の申し出を信号に乗せて送ったが、言語解析を間違えたのか侵略は止まらなかった。例え向こうにこちらの意図が伝わっていたとしても侵略が続くのはほぼ明らかだが。
それでも世界各地では生き残った軍人や市民がレジスタンスを結成し、屈することなく侵略者に対抗していた。
「糞ッ! 弾切れか!」
ジョンは悪態を吐きながらアサルトライフルに弾丸を装填した。
「ジョン! あまり弾を無駄に使うな」
無精ひげを生やしたサイモンはジョンを咎めた。
「でもよサイモン。奴ら見掛けによらず俊敏だから、こうでもしないと当たらねえんだよ」
「それでも弾は有限だ。無駄遣いをすると生き残れないぞ」
そうサイモンが言い終える前にジョンは銃口を彼の方に向け、引き金に力を入れる。咄嗟にサイモンは身を屈め、無数の弾丸はその後ろにいる侵略者の身体を貫いた。三被弾したところで侵略者は右に逃れようとしたが、ジョンが振り回したライフルは標的を逃さなかった。
侵略者は青色の体液を撒き散らし、軟体動物のように緑の四肢をうねうねと動かして悶え苦しんでいる。
「でもさ、使い渋っていたら今を生き抜けないぜ?」
「馬鹿野郎! ダチを殺す気か?!」
「大丈夫だよ死んでねえから。あと自分でダチとか言うのやめろ。寒いだろうが」
ジョンは明るい笑顔を浮かべていた。
初めのうちは死への恐怖は確かに感じていた。しかし、いつからか、死体がいたるところに転がっている異常な光景に、夢を見ているような錯覚を覚え死への恐怖も薄れていった。
ジョンが気を緩めた瞬間を見計らった様に後方で何かが輝いた。その刹那、光の点は一筋の光線へと変わりジョンに襲い掛かる。
光線は胸を貫き、真紅の血液が宙に飛散した。血飛沫は重力に従って地面を不揃いな水玉模様に染め上げた。
「親父! しっかりしろ親父!」
ジョンは自分を庇い倒れこんだサイモンの肩を揺さ振った。
サイモンの吐き出した血液をジョンは顔中に浴びた。温かくどろっとした赤い体液は、忘れかけていた恐怖感を蘇らせ、ジョンの身体を支配した。全身を鳥肌が覆い尽くす。
「に……げ」
サイモンは力を振り絞り何かを言おうとした。そして異変は直ぐに表れた。サイモンの右腕がブクブクと膨れてゆき、数秒後にはタコの触手の様な姿に変異したのだ。
奴らの光線を浴びるとそうなることは以前から知っていた。だが、目の前で自分の父親が怪物と化すとは夢にも思っていなかった。
「うがぁぁぁぁぁああああ」
人のものとは到底思えない雄叫びをあげ、限界まで開かれ充血した眼がジョンを捉えて離さない。
ジョンは一瞬躊躇したが、生き残るため、何よりサイモンを完全な化け物になる前に楽に楽にするため、ライフルを父に向けたが触手に叩き落とされてしまった。
後ずさりながら最後の武器であるハンドガンを手に取り引き金を引く。
弾丸はサイモンの頬を掠めた。
再び引き金を引く。だが、今度は掠るどころかあらぬ方向へ飛んでいってしまった。
ジョンは咄嗟に思考を巡らせる。このまま抗ったところで果たして自分は生き残れるのか? 苦痛を味わう位ならいっそ……
ジョンは銃口をこめかみに当て指に力を入れた。しかしジョンは死ななかった。
「畜生……親父の言う通りだよ。弾は大事に使わなきゃ……な」
あの直後、仲間の援軍が来たことでジョンは奇跡的に生き残ることができた。
父親の死は復讐という名の力を授け、彼をレジスタンスの幹部にまでのし上がらせた。失う物さえ無くなった彼らは次々に奴らを殲滅していった。そして今、彼は侵略者の最後の生き残りである奴らの王と対峙している。
「あぁ。この時をどれだけ待ち望んだことか。くたばりやがれ、このクソ侵略者が」
※ ※ ※
夕暮れに染まる教室で、二人の女子高校生は向かい合って席に座っていた。
「成り歩で王手!」
「あちゃー。これは結構厳しいわね」
今日も変わらず、盤上では激しい戦争が繰り広げられ、波乱に満ちていた。
―了―
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