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LL's.  作者: YUTADOT
4/5

「I美」



「私たち、LoveLoveだね」

 誰もいないLL教室でそう言ってから、I美は後悔した。

 K一の顔が一瞬止まったのが分かったからだ。自分はこんなに好きなのに、K一

はいつも何処か遠くを見ている。

 それでもI美はK一とキスを交わした。

 その後「ずっと一緒に居るよ」と言ったが更にK一の表情が固まっただけだった。

「………」

 そのまま何も話さずに、他の生徒が入ってきてその場は終わりになった。

 高校三年生の時のその出来事が、I美の中でずっと引っかかっていた。

 I美は子供の頃から負けず嫌いだった。激昂しても割と相手を非難する言葉がツ

ラツラと出てきて、よく口で人を言い負かした。親に対してでさえそうだったので、

中学生になる頃には既に親とは折り合いが悪くなっていた。

 初恋めいたものも幾つかあったが、大抵の男子はI美を敬遠した。特別可愛い方

でもなかったし、女子に言い負かされるのが好きな男子はそう多くはない。周りを

見渡せば自分より可愛くて性格も良い人間はいくらでもいる。そのことにI美は気

がついてはいたが、もはやそれは仕方がないと何処かで思っていた。

 高校に入ってすぐにK一に出会ってこの人だ、と思った。I美は今までのことが

あるのでなるべく自分の闘争心は抑え、K一の側にいるようにした。 自分でも割と

頑張った方だと思う。K一はそこそこ恰好が良くてそこそこ頭が良く、そして人当

たりが良く人気があった。ライバルは多かったが、その中で自分を選んでくれた時

は本当に嬉しかった。

 だが付き合ってみると、I美はK一の影の部分に気が付いた。何処か冷めている

というか、時々遠くを見るような顔をする。その奥底の部分に、自分はどうやって

も触れられない。それでも普段はとても優しく女性の扱いがうまいので、I美は彼

女の立場を離れようとは思わなかった。

 ある時、K一の母親が死んだ。何度かK一のうちに行って顔を合わせていたI美

は葬式に行って号泣したが、K一は無表情だった。その後も、K一は哀しいそぶり

を全く見せなかった。自分にさえ哀しみは見せないのだろうか。それとも本当は何

とも思っていないのだろうか。I美はそのことがずっと引っかかっていた。もし母

親のことでさえそうなら、自分などは……?だがI美はそのことに気づかない振り

をしていた。

 それでもI美と過ごしているときはK一は優しかった。影の部分さえ目をつぶれ

ば人並み以上の彼氏なので、I美はそのまま付き合いを続けていた。

 やがて、受験シーズンがやってきた。K一はS市の公立大学を目指していた。I

美は自分の学力では厳しいことは分かっていたが、K一と一緒にいたいが為に必死

で頑張った。だが結局上手くは行かなかった。K一と同じ公立には落ち、かろうじ

て滑り止めのS市の私大に合格したが親からは酷く反対された。一人っ子だった彼

女が親元を離れること、そして金銭的なことが主な理由だった。I美はここぞとば

かりに親を責めた。一生に一度の恋をしているのに、自分をそのK一から引き離す

のか、それが親の所業なのか、と。

 結局反対を押し切ってI美はS市で下宿を始めた。親とのゴタゴタで卒業前後に

あまりK一と話す機会は無かったが、S市に行けば当然学校や親など遮るものの無

い、二人だけの甘い生活が始まると思っていた。だが大学が始まってもK一からは

特に連絡は無かった。時々自分から連絡すると会ってはくれるし会えばそれなりに

優しくしてはくれる。だがI美にはK一が遠くを見るような目をすることが増えた

様な気がしていた。私大は勉強もキツく、「学費以外は自分で稼ぐ」と啖呵を切っ

た手前、アルバイトを複数しなければやってはいけない。K一とは次第に距離が出

来ていった。

 I美は、いつしか子供時代の周りに文句ばかり言っている自分に戻りつつあるこ

とに気がついていた。だがそれを自分でもどうしようもなかった。

 その日、I美は久しぶりに会ったK一と体を重ねていた。確かに高校時代とは違

ってお互い世慣れてきた感はある。自由も感じられる。なのにこの漠然とした寂し

さは一体何なのだろうか。

「………」

 I美はK一の背中を抱きながら天井を見上げた。

 子供の頃観た「プリティ・ウーマン」。いつか自分もああいう風に自分だけを見

て何処か高みへと引き上げてくれる人と出会うのだ、とずっと夢見ていたのに。一

体何処で間違えてしまったのだろう。

「う……」

 K一が達して少し痙攣するとI美に覆い被さってきた。

 I美はその背中を離れない様にギュッと抱き締めた。

 それから一ヶ月、I美はK一と会わなかった。時々lineで連絡は取るものの、会

うまでには至らなかった。バイトと学業に忙殺され、心も少し荒んできている自分

を認識してはいた。

 その頃居酒屋のバイトの仲間内でちょっとした飲み会があり、そこで久しぶりに

大量にアルコールが入ったI美はその晩、バイト仲間の一人とラブホに入ってしま

った。

 次の日の朝、I美は愕然とした気分で目を覚ました。全く記憶が無かった訳では

ない。違うオトコに抱かれた感触はハッキリと覚えていた。まさか自分がこうなる

とは。子供の頃はそういう女をあんなに軽蔑していたのに。I美はしばし某然とし

ているしかなかった。

 それからしばらくそのオトコはI美に纏わりついていたが、I美にその気がない

と分かるとサッサとバイトを辞めてしまった。I美はあれは気の迷いだと思おうと

したが、あるいはそれが自分の本性なのかもれないとも感じていた。

 K一には勿論黙っていた。言って捨てられるのが怖かった。時折K一に会っても、

罪悪感の残るまま抱かれた。時には「本当にあたしのこと好きなの?」と責めてK

一を困らせたりもした。

 I美は、どんどん嫌な女になっていく自分をどうしようもなかった。

 I美は時々飲みに出かける様になった。明らかに合コン的なものにも手を出すよ

うになっていた。そして寂しさを埋めるように、どうでもいい男とコトに及んだ。

 K一とは益々会話が無くなっていった。

 その日、またI美は雑多な飲み会の果てに男とホテルにいた。

 頭の悪そうな軽い男で、K一とは似ても似つかなかった。なのに、自分は何故こ

うしているのだろう、とI美は自分でも不思議に思っていた。

 一回戦が終わった男は、裸のままベッドに腰掛けて溜め息を吐いたI美に言った。

「あんたさぁ、K一の彼女じゃない?」

「!?」

 I美はハッと振り向いた。

「何でこんなことしてんのさ」

「………何で?!」

 I美は震える声で言った。

「俺A児。映画館のバイトでよく一緒になるよ」

「あぁ……?」

 I美はK一が始めたという映画館の土曜のオールナイトのバイトに何度か行った

ことがあった。

 その時隣にいたーー?I美は全く思い出せなかった。

「ひょっとして別れた?」

 A児はヒョウヒョウとした顔で言った。

 I美は少し腹が立ってきた。

「……何で終わってから言う訳?」

「そりゃあ……したかったから」

 A児はキョトンとした顔で首を傾げた。

「ダメ?」

「…………」

 I美はガックリと頭を垂れた。

 ダメだ、コイツと話していると調子が狂う……。

 とにかく、I美は釘を刺しておくことにした。

「もう仕方ないけど……言わないでよ」

「そりゃまぁ……俺も彼女いるし」

「ハァ?!」

「え、お互い様じゃない?」

「………う………」

 本当にダメだ、とI美は思った。

 いつの間にか自分はこんな男と同レベルになってしまっている。これはーーこの

状況はーー。

 その時、脱ぎ捨てたシャツの中に入っていたスマホが震えた。

 溜め息を吐きながら画面を見ると、実家の母親だった。

 一体何だろう、このややこしい状況で全く。

 『K一?』と口パクだけしながら小狡そうな顔をしているA児を置いて、I美は

バスルームに入った。憂鬱な気分で電話に出ると、向こうからはもっと落ち込んだ

声が聞こえた。

「お父さんがね……倒れたの」

「……え?!」

「働き詰めで体壊して…父さんはI美には言うなって言ってたんだけど……もう危

ないかもしれないから…」

 遠慮がちに母親は言っていた。

 父親は故郷で小さな商店を営んでいた。地方の寂れた商店街の一商店で私大の学

費を捻出するのはどれだけ大変だったことだろう。

 I美は唇を噛んだ。

「………ごめんね」

「……え?」

 珍しく謝ったI美に電話の向こうの母親は少し戸惑っていた。

「帰るから……」

「そう?無理しなくてもーー」

「とにかく、帰るから!」

 そう言うとI美は電話を切ってバスルームを飛び出した。

「!あーびっくりした」

 リモコンをいじってAVチャンネルを探していたらしいA児は大袈裟に驚いてい

た。

「ねぇ、今週ーーいや来週の土曜って、K一はバイト入るの?」

 素早く服を着ながらI美は聞いた。

「あぁ、多分、いると思うよ」

「そう、じゃあ……帰るから!」

「あ?……おい!」

 A児の返事を待たずにI美は部屋を飛び出した。

「…………ま、いっか」

 A児はしばらく目を丸くして考えていたが、やがてAV探しに戻った。


 I美は夜の街中を走っていた。数時間後には新幹線の始発が出る。とにかく帰っ

てーー後はそれからだ。恐らくS市にはまた身辺整理に戻ってくることになるだろ

う。

 学校も、K一のことも、自分の拙い青春時代も、本当はずいぶん前に終わってい

たのだ。

 ただそれを、認めたくなかっただけ。

 I美は息を切らして走った。

 わだかまっていた何かが、すっきりと取れた様な気がしていた。

 代わりに凛とした何かが、自分の中にはちゃんとある。

 今から、自分は始めるのだ。

 あの「プリティ・ウーマン」への道を、ようやく。



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