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LL's.  作者: YUTADOT
1/5

「E田」

以前に書いた「LL」のスピンオフです。

連載形式ではありますが基本的に一話完結の短編です。

全5話予定。

場末の映画館で起こる様々な出来事とそれぞれの人生のお話です。

よろしくお願い致します。

「だーから、少しは愛想よくしろよ」

 E田は苛つきながらバイトのU太に向かって言った。

 そこは場末の小さな映画館、土曜のオールナイトの上映中のロビーだった。

 E田はこの映画館の支配人だ。と言えば聞こえは良いが、本社が潰したがってい

るこの小汚い映画館に左遷同然で配置されたしがない会社員だった。

「え……でも」

「でもじゃないよ、バイトだって客商売だろ」

「…………」

 U太は下を向いてモゴモゴ言っている。

 E田はチッと舌打ちをした。

 E田はこういうウジウジとした奴が嫌いだった。所詮客商売を、そして世の中を

舐めている。バイトだから別にいい、などと。

「ったくよ……」

 E田は手を腰に当てて視線を落とした。その先にはU太が持っているタブレット

があった。

 聞けばU太は大学の映研にいるらしい。それもE田を苛立たせる原因の一つだっ

た。

 実はE田も、学生時代は8㎜研究会の一員だった。毎日の様に映画を観ては仲間

たちと議論を交わし、自分こそが未来の日本の、いや世界の映画界を背負って立つ

のだと当然の様に思っていた。何度か脚本を書いて8㎜フィルムで映画を撮ったこ

ともある。あの頃は本当に楽しかった。あれこそ正しく青春だった。

 なのにーーー目の前のU太の様子ときたらどうだ。映画自体も好きなのかどうか

分からないし、見たところパッションとか熱意とかの部分が著しく欠けている。昨

今の多くの若者と同じ様に自分の世界だけに引きこもっている。どうやらそのタブ

レットで脚本らしきものを書いてはいる様だが、果たしてそれが映像になることは

あるのか?

 E田は眉根を寄せた。

 大体、今は全てに置いて恵まれているのだ。昔はビデオも使えるレベルのもので

は無く、8㎜フィルムが唯一の映像制作素材だった。だが8㎜フィルムは僅か8㎜

のフィルム幅に申し訳程度の音声トラックしか付いていない代物だ。おのずとクオ

リティもたかがしれていた。例えばカットをオーバーラップしようと思っても実際

にその場でフィルムを勘で巻き戻して撮影し直さなければならないので、昼のシー

ンと夜のシーンを繋ぎたい場合は昼に1カット撮ったら夜までそれをキープしなけ

ればならない。それだけ時間と手間をかけても所詮勘なのでうまくいかないことも

多々ある。編集も実際にフィルムを切ってテープで貼って繋ぐのだ。そのノスタル

ジーさは誰もが認めるところだが、やはり切ってしまったものをいちいち映写機に

通して見ては直していく作業には自ずと限界がある。

 それがどうだ。今はビデオカメラはおろか普通のデジカメで動画が撮れるし、編

集も録音も高価な機材は必要ない。パソコン一台あれば全て事足りる。もし自分た

ちの頃にそれがあればーーといつも口惜しく思うのだ。

 なのに。今の奴らはそれをうまく使いこなしていない気がする。技術ばかり上が

っても肝心の人間の部分がどんどん退化しているんじゃないか?よくは知らないが

若手でどんどん出てくるヤツなど今はいるのか?

「………はぁ」

 E田はタメ息を吐いた。

 U太がビクッとして上目使いにこちらを見る。E田が睨み返すとまたオドオドと

目を逸らした。E田はそれを見てまた更に胸がムカついてくる。

 堂々巡りなのは自分でも分かっていた。

 あぁもう……ったく、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」も知らないくせに映

画がエンターテイメントだとか言ってるんじゃないぞ。と言うかそもそも自分たち

の作品をエンターテイメントだとも思ってないだろう。狭い自分の世界を表現さえ

出来ればいい、とかいう程度なんじゃないのか?

 ああ、苛つく。全てが。

 E田は唇を噛んだ。

「…………」

 ーーだが、しかし。

 E田は思う。

 自分は結局、その流れから離脱したのだ。

 所詮自分の作品は仲間内では受けても一歩外に出るとそこまで評価をされるもの

ではなかった。

 一応映像系ではある短期大学の映研の仲間たちの中でちゃんと映画方面に進んだ

のは結局一人だけ、そのAB名も何とか低予算の16ミリ映画を一本撮れただけで

以降は名前を聞かない。風の噂では細々と原稿を書きながら生活をしているそうだ。

E田も気持ち映画方面に繋がる会社を探してやっとのことで入れたものの、そこで

制作方面に関われることは無かった。経理や広告を少し齧った後、その会社が持っ

ていた場末の映画館の管理人に回された。どさくさに紛れて結婚は出来たが、いつ

の間にかLLサイズの服を着る様になった妻と言うことの聞かない高校生の娘との

生活に何処か疲れている自分がいる。娘は映画など特に興味はなく、観ると言えば

CGバリバリの派手な超大作かアイドル俳優が出ている少女漫画原作モノ位だ。E

田と話が合う筈も無かった。

 今では数年に一度の映研の同窓会も出たり出なかったり。前に出たのは三年前だ

ったか。かつての仲間たちとの交流も減った。皆それなりに老け込んで普通の社会

人の顔をする様になっている。

 そして今、自分は世間の皆が楽しんでいるであろう土曜の深夜にこんなところで

バイト相手に悪態をついている。

 一体いつから、こうなってしまったのだろう。

「ふぅ…………」

 E田は深夜勤務で凝り固まった肩を自分で揉みほぐしながらふと、売店脇の映画

のチラシが置いてあるコーナーに目をやった。

 自分の映画館でこれから上映するモノ以外に、近場の自主上映やら劇団のチラシ

なども置いてある。その辺の選択はバイトに任せていた。

 何となく眺めているとその中にある、「バック・トゥ・ザ・フューチャー三部作

上映」の文字が目に入った。

「お」

 E田は近づいてそれを手に取った。

 近場の大学の学園祭で上映するらしい。それにしてもーー三本全部見たら半日以

上終わってしまうが学祭はそれで大丈夫なのか?こういうのは途中から入っても興

冷めだし……などとE田が苦笑しながら思った時だった。

「いいですよね、バック・トゥ」

「……あ?」

「好きなんです、その映画」

 E田は一瞬固まった。

「あ、あぁ………?」

 U太は突然堰を切った様に話し始めた。

「ホントいいですよね!生まれる前の映画なんですけど、まだCGなんてチャチだ

けど、すっごい映画への愛が詰まってるっていうか」

 E田はそんなU太の方を目を丸くして見つめた。

 U太は先程のオドオドとした表情は消え、キラキラとした顔で話し続けている。

「まずマーティのあのキャラがいいですよね。ドクのオタク具合もちょうど良くて

……それで何と言っても1のラストですよね。あれだけ気持ち良く映画館を出たの

って俺衝撃で、あ、勿論リバイバル上映なんですけど……やっぱりドキドキするっ

ていうか、王道っていうか。ああいうの、いつか作りたいですよね……俺なんてま

だまだだけど、頑張ればいつか、って思ってて………あ」

 U太は突然我に返って下を向いた。

「す、すいません突然しゃべって………」

「…………」

 E田はしばし固まっていたが、やがてクスッと笑った。

 いつの間にか肩の力が抜けていた。

「いや……いいんじゃないか」

「……?」

 U太は顔を上げた。

 E田は笑って言った。

「まぁ……頑張りな」

「あ……はい!」

 U太は少し笑ってペコリと頭を下げた。

 E田は事務所の方へと踵を返した。

 ……なぁんだ。

 俺の頃と大して変わらないじゃないか。

 E田は歩きながら少し口角が上がっている自分に気がついていた。

 俺も昔先輩たちにああやって夢中になって自分の好きな映画の話をしたことがあ

ったっけ。

 俺の時は「2001年宇宙の旅」か、それとも「ベン・ハー」だったか?

 あぁ、久しぶりに誰かと映画の話をしたくなった。

 そうだ、次の同窓会の案内がまた来ていたっけ。もしAB名に会ったら、愚痴く

らい聞いてやろう。それとも景気のいい話でも聞かされて逆に羨ましく思うだろう

か。

 それもいい。

 E田は明日の日曜は昼まで寝たら、その後は久しぶりに何か映画でも観よう、と

心に決めた。

 LLサイズの嫁も誘ってやるか。受験を控えた娘は……付いて来ないだろうな。

 それもまた……。

 E田は学生時代によくやった様に階段を二段飛ばしで事務所へと駆け上がってい

った。



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