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バスの車内で正志は、降りてきた山をじっと睨みつけていた。追手を気にしているのかと思ったが、それにしては視線に憂いのようなものが浮かんでいる。声をかけていいかどうか迷っていると、志織の視線に気づいたのか正志が彼女の方を振り返って目元を緩めた。
「どうした?」
「何か気になるのかなと思って」
志織の言葉に、彼は困ったように眉をひそめた。
「俺自身、びっくりしてるんだけど、あの人大丈夫かと思って」
「あの人?」
「……真下さん」
その口調は不本意そうな響きを含んでいる。あれだけ晴也を警戒していた正志が彼のことを心配するということは、志織にとっても驚きだった。
「俺たちかくまってたの、ばれただろ? 無事じゃすまないはずだ」
「そうだね……」
それは志織も気がかりなことだった。あんなに早く見つかるとは思ってはおらず、そのため万一見つかった時の対策も考えていなかったのだ。見つかっても晴也に迷惑はかけまいと思っていたが、それを果たすことはできなかった。その後悔がじわじわと広がっていく。
「ま、あの人のことだし、上手くやってるだろ」
正志は励ますように明るい声を出すと、志織の頭をわしゃわしゃと力強く撫でた。
晴也のことを思い出し、志織はようやく自分たちの危機的状況を理解した。自分が正志に対して抱く感情の変化に動揺している場合ではない。
「これから、どうしよっか」
ぽつりと呟くと、頭を撫でる手の動きが止まり、正志が志織の顔を覗き込む。
「逃げるあてはもうないんだよな?」
「うん……」
「そうか……」
正志は小さくため息を吐くと、背もたれに体を預け、何かを考え込むように目を閉じた。その間も彼の手は志織の頭の上にあり、妹を安心させようとする優しさが伝わってくる。
どうにもならないのは、分かっていた。しかし、正志の手のぬくもりを感じていると、どうにかなるかもしれないと思わずにはいられなかった。