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「何故、君の父親が亡くなるまで、正志のことがばれなかったかは分かるかね?」
「いえ。あのことは幼かったですし、その理由について考えたこともありませんでした」
「そうか。では、正志の仕組みについて、詳しく知っているかね?」
「いいえ、何も。私は兄……正志のことを、人間だと思っていましたから」
自分の発言が気持ち悪く感じられ、志織は一瞬顔を歪めた。
そんな志織の表情は気にもかけず、雪本は質問を続けた。
「なぜ正志が壊されず、二十五年間も監禁状態にされていたか、分かるかね? 確固とした理由が分からないなら、想像でも構わない」
それは、志織も気になっていたことだった。正志はとっくにこの世からいなくなっていたと思っていた。だからこそ、正志と再会したときも、すぐに彼だとは気付けなかったのだ。余計な感情を持ったAIは危険物とみなされる。人間よりはるかに頑丈な体で、怒りや憎しみのままに行動されたら、人間にとって脅威となるからだ。だから、そのような危険物は、回収され次第安全に分解されるのが一般的だ。戦争が終わり何年も経ってから発見された、不発弾や地雷の処理のように。
志織はしばらく眉をひそめて考えていたが、ある考えが頭に浮かび、ゆっくりと口を開いた。
「正志を安全に……壊すことが、不可能だったからですか?」
正志に対して「壊す」という表現を使うことがためらわれた。
雪本はにやりと口元をゆがませ、大袈裟に数回拍手した。
「さすが高村夫妻の子供だ。考察は鋭い」
それから彼は真顔に戻り、じっと志織を見つめた。
「何故正志のことがばれなかったのか。それは高村が、周囲に対して、正志のことを遠い親戚の子供だと言っていたからだ。彼の両親は数年前に亡くなり、これまでは多忙のため引き取らなかったが、妻が亡くなったことで、両親がいない子の将来が心配になったと。娘の面倒を見てくれる存在として引き取ったのだとも言っていた」
仮に甥とでも言ってしまえばすぐにばれたかもしれない。しかし、遠い親戚と言ったから、誰も真偽を確かめることはできなかったのだろう。それに、志織の父母は、親戚たちとあまり接していなかった。だから親戚たちは、正志の存在すら知らなかったかもしれない。実際、志織には、正志が来てから父が亡くなるまでの間に、親戚に会った記憶がない。
就学年齢ならば学校に通っていないことで戸籍がないことがばれたかもしれないし、病気にでもなれば保険証がないことで身元不明だと分かったかもしれない。しかし正志は、見た目は二十代後半だったし、ロボットだから病気にもならない。不調があったとしても父が直すことができる。それ故、父が亡くなり、他人が高村家の戸籍を調べるまで、正志は人間として生活できていたのだ。