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父が死んだのは、正志のことをばらすか、志織を養子に差し出せと脅されたことによるストレスから。晴臣が父をそこまで追い詰めたのは、母のことをずっと思う歪んだ思考から……。いましがた聞いた話を頭の中で整理していると、ふと一つの疑問が浮かんだ。ゆっくり目を開け、晴也を見つめる。
「どうして父と母は、正志を……」
「作ったか、かな?」
正志を作る、という台詞を言い淀んだ志織に、晴也は至極穏やかに問いかけた。彼女が頷くと、正志も複雑な表情で口を開く。
「俺が言うのも変かもしれないけど、父さんは、俺を作らなければあんなことにならなかったはずだ。そういう意味でも……」
「やめなさい」
穏やかに言う晴也は、研究のことしか興味のないいつもの彼とは別人のようだった。
「私の推論だが、正志くんを作ったのは、志織さんのためだろう」
「私のため?」
晴也は頷くと、ふっと微笑んだ。
「こういうことを考えるのは苦手なんだが、君たちが逃げたと知って、ここへ来るだろうと思ってから、妙に気になってね。私なりに考えたんだ。君の両親は、二人とも研究者。失敗すれば死んでしまう実験を行うこともある。現に、志穂さんは実験中になくなっている」
そして、父が一人で、正志を「完成」させたのだ。
「負の感情を持つロボットを、人間と同じ感情を持つロボットを二人が作った理由は、君の保護者にしようとしたからだと、私は思う」
晴也は、珍しく自信のなさそうな表情でそう言った。
「二人とも、いつ実験で命を落とすか分からない。出張で二人とも家を開けることもあるだろう。そういうときに面倒を見てくれる人が、ほしかったんだろう」
「……親戚に預けようにも、普段から一緒に暮らしていないから、どんな不自由が起きるか分からない。それに、何度も頼ったら、いつか絶対に嫌がられる」
ぽつりと正志が呟いた言葉は、二人の父の思考そのままだった。父は、そんな考え方をする人だ。そして多分、母もそんな考えを持つ人だったんだろう。
「……父さんに取って俺は、志織の面倒を見るための機械にすぎなかったのか」
正志の言葉に、すっと胸が冷え込む。しかし晴也は首を振った。
「これをよく見なさい」
いつの間にか消えていたスクリーンに、高村家の家系図のみが再度表示された。点線で示された正志。血の通っていない兄。
「名前、よく見てみなさい」
正伸、志穂、志織、正志……似たような字が多い。家族なんだから当然だ、と思いかけて、志織ははっとした。
「正志、って……」
「何か分かったか?」
正志はきょとんとして志織を見る。志織は画面を指さした。
「正志の字、父さんと母さんから、一文字ずつとってる……」
正志は始めて気がついたようで、画面を凝視した。その唇が細かく震えている。
「普通、家族と思っていなければ、同じ文字を付けようなんて思わない。少なくとも、正伸さんの字を入れようとは思っても、志穂さんの字を入れようとは思わないだろう」
穏やかな晴也の声が部屋に響く。正志は呆然とスクリーンを見つめ続け、そっと自分の名前に触れた。
「血縁はないけど、息子だって、思ってくれてたのかな……」
泣きそうな顔で、正志が笑う。胸にこみ上げてくるものがあり、志織は言葉を発することができず、ただ頷いた。