8-11
晴也は立ち上がり、部屋の中をゆったりと歩き回りながら話を続けた。
「父は志穂さんを諦めきれなかった。それは、志穂さんが死んでも変わらなかった。志穂さんが亡くなった時、父は正伸さんを責めたんだ。あの事故は正伸さんに防げるものではなかったのだがね」
その事故のことを、志織は今でも覚えている。彼女の最初の記憶だ。真っ白い光が見えて、何も聞こえなかった。志織の様子を見つつ研究を進めることを希望した志穂は、特殊なケースに志織を入れて研究室に連れ込み、研究を行っていた。あるロボットの開発中、彼女はミスを犯し、大爆発が起こった。ケースに守られた志織だけが無事で……母は、その爆発で即死した。
「父の志穂さんへの執着は、尋常ではなかった。遺品として、彼女のネックレスを貰ったんだが、それだけでは足りなくなっていた。父は……彼は、志穂さんの遺伝子を欲しがった」
ぞわりと背筋が凍った。志織は思わず両肘を抱えるように体を縮めた。
「彼が何故、正志くんが外に出た瞬間を目撃できたのか。それは、彼が隙あらば高村家を監視していたからだ。見慣れない青年を見かけ、異常な執念で徹底的に調べ上げ、高村正志という人間がいない証明を正伸さんに突きつけた。そして、正志くんがロボットであるという証明も持っていると鎌をかけた。動揺した正伸さんは、白状してしまったそうだ。正志くんが感情を持ったロボットであることを。それを聞いた彼は、志織さんを自分の養子にすることを迫った。正伸さんは、彼が志穂さんに異常な行為を寄せていたことを知っていたよ」
晴也は、志織の目の前で立ち止まった。
「だから必死で、君を守ろうとした。だが、毎日のように繰り返される脅しに体が耐え切れず、亡くなってしまった」
「……あんたの父親は、志織を引き取って、どうするつもりだったんだ?」
正志の声は、今まで聞いたことがないほど低く、冷たかった。
「母さんの代わりに恋人扱いでもするつもりだったのか?」
まさか、と思う反面、そこまで以上な執着を持つ人ならばやってもおかしくないとも思う。志織は目の前に立つ男の返答を聞くのが恐ろしく、身を縮めて俯いた。
晴也は正志のほうへ向かって歩いていき、彼の正面にしゃがみこんだ。
「まさか、そこまで人道に外れちゃいない。彼はただ、志穂さんの娘さんを育てたかったんだ。……少なくとも彼は、私に向かってそう説明したよ」
最後の一言がやけに淡白で、彼自身が父親の言うことを信じられていないことを物語っていた。
あまりに衝撃的な話に、何の言葉も発せないまま、志織は強く目を閉じた。