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晴也は質問には答えず、代わりに、志織と正志の目の前にスクリーンを表示させた。
「これは……」
「高村家と真下家の家計図……と言っても、私たちとその親の代の名前のみしか書いていないがね」
スクリーンには、真下家と高村家の人々の名前が図になって示されていた。どちらも四人分の名前が記載されている。晴也の母は香奈子という名前らしく、また晴也には穂香という名の姉もいるようだった。高村家は、志織の父母の部分に正伸と志穂の名があり、正志は兄の部分に表記してあったものの、その線は実線でなく点線で示されていた。
「これが、どうしたんですか?」
何故突然こんなものを見せられたか分からず、志織は困惑してスクリーンと晴也を交互に見た。
「名前をよく見て見なさい。私の名前は、父から、姉の名前は母から一文字とっているだろう?」
言われてよく見てみると、確かに晴也は晴臣から「晴」の字を、穂香は香奈子から「香」の字を貰っている。このような風習は古臭いといって嫌うものもいるが、ロボットが増え人間のアイデンティティとは何かというものが揺らぎかけているこの時代には、名前でも親子関係を明白にしたがる者も多かった。
「それがどうかしましたか? 別に珍しくもないですし、実際私も母から一文字貰っていますけど」
志織の「し」を「志」にしたのは、母から一文字貰ったためだと、父から聞いたことがあった。
「問題はそこじゃない。私の姉、この字で「ほのか」と読むんだが、何故この名前にしたか……分かるか?」
「それは、お母さんから一文字貰って、ということでは?」
「もちろんそれもある。だが、それだけじゃない」
晴也は嘲笑するようににやりと笑った。しかしその嘲笑は、目の前にいる志織ではなく、ここにいない誰かへ向けられているように感じられた。
「よく見てみなさい、きっと分かる」
志織は改めて、家計図をまじまじと見つめた。正志も真剣な表情でスクリーンを眺めている。ほのか、という読み自体はそれほど難しくないし、よくある名前だ。「香」という文字を母親から貰ったのも間違いない。ということは、何故「穂」という文字を使ったか、ということだろうか。しかしこの文字を使う名前など他にいくらでもあるし、違和感のある字ではない。「ほのか」という音に合い、画数がいいものを選んだ、ということではないのだろうか。
何故こんなことを聞かれているのかもよく分からずに画面を眺めていると、突然正志があっと声を上げた。
「気づいたのか?」
「まさか……」
正志がスクリーンの一部を指差している。志織は立ち上がって正志のそばへ行き、微かに震える指先が示す文字を見た。
「まさか……偶然ですよね?」
正志と似たようなことを呟き、志織は晴也を見上げた。
「お見事、正解だ」
正志が指差す文字を見た晴也が、ぱん、ぱんと数回拍手する。
「志穂」という名を――母の名を、二人は呆然と眺めることしかできなかった。