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ずっと、気になってはいたのだ。どうして正志のことがNELにばれたのか。父は正志に関しては神経質すぎるくらい気を使っていて、それが原因で正志と父は何度か衝突していたほどだった。正志はほとんど外出もしていなかったし、存在すら周囲に知らされていなかった。志織にも、外では正志のことを決して話してはいけないと耳にたこができるくらい言い聞かせていたのだ。そんな父が、同僚に対して正志について口走るなど、普通に考えたらありえない。
「俺、あのころ、しょっちゅう父さんと喧嘩してただろ? あのころは自分のことを人間だと思ってたし、外に全然出してもらえないし、外で俺のこと話すのも駄目だって言ってるのを聞いて、鬱憤がたまってたんだ」
重い空気の中、正志はポツリポツリと話し始めた。
「父さんとお前が二人で買い物言ってる間、俺、すごい暇でさ。家事やったりしてたんだけど、あの頃すごく苛々してたから、父さんが嫌がることをしてやろうと思ったんだ。見た目はこんななのに、中身はまだ反抗期くらいだったんだろうな。それで、ばれないようにこっそり家を出て……」
初めて聞く正志の告白に、志織は動揺を隠せなかった。まさかそんなことをしていたとは思ってもみなかった。志織の中で正志は、たまに反抗するものの、父の言うことをよく聞く、優しく優等生な兄だった。
「家から出て、道路もよく分からないから、道に迷わないように家の近くをぶらぶら歩いてた。それで、帰ってくる前に家に戻って、知らない振りしてた。俺も、今朝聞くまで今まですっかり忘れてたよ。まさかあれを見られてたなんて……」
正志の説明に、志織は首をかしげた。
「正志は一目でロボットって分かるような見た目じゃないのに、どうして真下さんは気づいたの?」
ロボットが普及している社会とはいえ、ロボットと外出して親しげに話しているのが普通というわけではない。しかし電車でも街でも、正志のことをロボットだと疑う視線はなかった。彼の外見は、それほど人間に近いということなのだ。
「父さんは、俺のことを、遠い親戚だと言ってたらしいな。でも、それにしては俺と父さんはよく似てた。そりゃそうだよな、父さんの若い頃をモデルに作られたんだから。それを不審に思った晴臣さんが、徹底的に俺たちのことを調べ上げて……高村正志なんていう人間が、存在しないことを知った」
「それだけで……」
似ていたという、ただそれだけでばれてしまったというのか。真下晴臣という人間は、それほどまでに洞察力の鋭い人間だったのか。
「俺があの時、外にさえ出ていなければ、父さんは……」
正志はどさりと床に座り込むと、それきり口をつぐんだ。
正志が説明をやめてしまった代わりに、晴也が引きついで話し始めた。
「私の父が正志くんのことを知って、ばらされたくなければ、と君たちの父親を脅したんだ。それによって君たちの父親は疲弊し、最後には過労死した。父は焦ったようだよ、まさかそこまで追い詰めたとは思っていなかったようだ。しかし十歳の子供を放置するわけにもいかないから、正志くんのことはいずればれる。それならばいっそ自分が通報して、少しでも出世しようと目論んだらしい」
「脅したって……?」
「お前が作った違法ロボットのことをばらされたくなかったら、お前の娘をうちの養子にしろ。これが、私の父の出した条件だった」
晴也は苦々しげに笑った。
「我が親ながら気持ちの悪い提案だ。吐き気がする」
「何故、私を……」
突然明かされた意味不明の脅しに、志織は混乱した。どうして志織を真下家の子供にする必要があるのか。ただ単に、どうしても正志のことをばらしてしまうための、どうでもいい条件だったのだろうか。しかしそれなら、そもそも脅す必要などない。正伸に秘密で公表してしまえばいい話だ。