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志織の答えを聞いた晴也は、納得したという表情で何度か頷いた。
「なるほど、なるほど。だから彼はあんなに苛ついているのか」
言われたことの意味が分からず志織が眉を寄せると、晴也は自分の目の前にモニターを開きそれを回転させて志織に提示した。
そこには早足で廊下を歩き回る正志が映っていた。志織を呼ぶ声が何度も聞こえる。
「これは?」
「この研究所の中は、シャワーやトイレ、脱衣所以外全てカメラがついていて、ここで様子を確認できるんだ。センサーが付いているから、人がいない限りカメラは起動しない。先程からやたら色んな場所のセンサーが反応しているのが気になってね。映像を見てみたら、彼が君を探していたんだ」
「全て……私たちが泊まった部屋もですか?」
昨日からの正志とのやり取りをすべて聞かれていたのかと思うとぞとする。思わず身を固くすると、晴也はにやりと笑った。
「さすがに、君たちの会話を盗み聞きしたり、寝姿を盗み見してはいない。非常識じゃないからね」
先程目の前にいる人の食事準備を忘れた非常識人が飄々とのたまう。志織は軽くため息をついて彼の非常識さの指摘は諦め、話を続けようとした。
「とにかく、兄は私があなたに今朝のことを聞くとは思っていません。どうせ、許可を取ろうとしても、兄が許可を出すはずがありません。それなら自分で話すでしょうから」
「それもそうだな」
晴也は軽く頷くと、モニターを自分側に向け何か操作した。
「正志くん、聞こえているか?」
「真下さんっ?」
廊下に晴也の声が聞こえたらしく、正志がきょろきょろと辺りを見回しているのがモニターの反対側から見える。
「志織さんなら、私の研究室にいる。昨日の場所だ」
「お前っ、志織を連れてったのか!」
途端に正志が怒鳴って走り出す。晴也はそれに答えず、マイクを切る操作をして志織に向き直った。
「何故正志を……」
そこまで言って絶句する志織に、晴也は当然といった口調で答える。
「私が話すのも面倒だ、本人に話してもらった方が楽だろう」
ちょっと前に彼と微妙な空気になって部屋を出てきたことを思い出し、志織の心はざわついた。心を落ち着かせようとコーヒーをすすったが、さっきはあれほどおいしかった飲み物は、今や単なる苦く黒い液体にしか感じられなかった。