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二十五年も前の思い出に浸っていたせいで、遠い目をしていたのだろう。雪本は少々張った声で話を続けた。
「正志が何故確保されたか、理解しているか?」
「勿論です」
「説明してみなさい」
奇妙な要求に思えたが、恐らく正志に関して、志織がどこまで理解しているかの確認なのだろう。志織はいったん目を閉じ、頭の中を整理してから話し始めた。
「人工知能を製作する際のルールとして、ロボットに余計な感情を入れてはいけないというものがあります。余計な感情というのは、怒り、嫉妬、妬み、憎しみ……いわゆる負の感情です。ただし、悲しみが同情を誘うように、プラスの感情に結びつくと思われる感情に関しては、許可を取ることができれば組み込むことができます。これは二十五年前も今も変わりません。法律にもなっています」
そこまで一気に喋り、志織は一旦口を閉じた。理解はできているのだが、どうしても受け入れられないことを説明するのは、すんなりとできることではなかった。
彼女は一度だけ深呼吸すると、雪本の目を見つめて話を再開した。
「正志は、人間が持つ感情のほとんど……恐らく全てを持っています。持っていないとすれば、父が知らない感情でしょう。数年間一緒に暮らした私は、正志が怒ったり、ふてくされたり、父に反抗したりする姿を何度も見てきました。でも、それらは、法律で許容されている感情の範囲を大きく超えていた」
そこまで話した時、雪本が軽く手を振って志織の話を遮った。
「厳密に言えば、許可されていないわけではない。先ほど君が言ったように、国とこの研究所に許可を得れば問題はない。まあ、高村が正志に組み込んだ感情は、到底許可が下りないようなものではあったがね」
そんなこと、訂正されなくても分かっていた。許可を求めても却下されるならば、それは最初から否定されているのと同じではないか。
だが志織は、その言葉はぐっと飲み込み、先程の説明の続きを話した。
「許可を得ていない以上、放っておくわけにはいきません。だから、正志は捕えられたんですね?」
雪本は頷いた。