8-1
翌日目を覚ますと、ソファに正志の姿はなかった。シャワーを浴びた後、熟睡していた正志にクローゼットにあった毛布をかけておいたのだが、それも綺麗に畳まれてソファの上に置かれている。カーテンは閉じられたままだったが、その隙間から漏れてくる光はかなり明るい。ベッドから降りカーテンを開けると、あまりの眩しさに彼女は瞼を閉じた。
「おはよう、起きた?」
明るさに目を細めながら着替え終えた頃、正志が部屋に入ってきた。その表情はどこか強張って見える。
「うん、おはよう。マサにいはいつ起きたの?」
「七時くらいだったから、三時間ちょっと前か」
彼は机に置かれていた時計を指さした。今時珍しいアナログ時計の短針は、十と十一の間を示していた。
「あ、もうこんな時間なんだ……」
「ぐっすり寝てたから、起こすの悪いと思って起こさなかったけど、よかったか?」
「うん、ありがと」
正志は笑顔を作ってソファに腰掛けたが、その笑顔はどこかぎこちない。その笑顔に違和感を抱き、志織はベッドに腰掛けて正志を正面から見詰めた。
「起きてから今まで、何してたの?」
「それは……この施設を見学してた」
彼の言葉は歯切れが悪い。その言葉に違和感を感じ、志織は兄を問い詰めた。
「見学って、ここはそんなに広くないんだから、三時間もかからないでしょ? 本当は、何をしてたの?」
その言葉に、彼はぎくりとして志織から視線を逸らした。図星ということだろう。志織は畳みかけるように言葉を重ねる。
「何か隠さなくちゃいけないことでもあった? 隠さないで教えてよ」
「……教えられない。志織は知らないほうがいい」
正志の表情は、固かった。
「マサにいに隠し事されたら、私は誰も信じられない」
志織は、自分の口調が強張っているのを感じていた。昼も近い明るい日差しが窓から差し込んでいたが、部屋の空気は重かった。
結局いくら志織が問い詰めても、正志は何をしていたのか全く口を割らなかった。一時間近く様々に言い方を変えて尋ねて分かったのは、彼が晴也のことをよく思っていないということだけだ。志織が彼の名を出した途端に正志は不機嫌さをあらわにし、全く口をきいてくれなくなってしまったのだ。その後何度も正志に話しかけたが、彼は眉間にしわを寄せて黙り込み、それ以上彼女が何を聞くのも拒んでしまった。
「……ご飯食べてくるね」
結局その重々しい空気に耐えられなくなったのは志織の方で、彼女は一言だけ言い残すと、逃げるように部屋を出た。