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その後三人で会話を交わしたが、正志は志織から視線を逸らさなかった。志織を見つめていたというより、晴也を見たくないという様子だった。晴也と直接の会話は極力せず、視線も一切晴也に向けず、何度名前を呼ばれても返事だけして晴也の方を向こうとしなかったため、結局晴也が根負けした。
「客用の部屋に案内する。一人分しかないが」
「構いません。俺は床でも寝れますから」
「今までも床で充電してきたし、な?」
晴也の台詞に、正志はほんの少し眉をひそめたが、聞こえなかったふりをして立ち上がった。
「志織。ゆっくり寝てないから疲れただろ? 早く休んだ方がいい」
「う、うん」
「早く休みたいなら早く来なさい。置いていくぞ?」
大股で部屋を出て行く晴也を、志織は慌てて追った。最後に正志が部屋を出ると、部屋の電気は音もなく消えた。
研究所の説明をしながら歩く晴也の背中を、志織は小走りで追った。斎藤もそうだったが、研究者には周囲のことを考えない者が多い。才能があればあるほど、だ。晴也は斎藤ほどではないものの、なかなかの長身であるため、普通に歩かれると女性が追い付くには少々早い速度となる。それを考えず、ただ研究所の説明をしながら自分のペースで歩く彼は、恐らく研究者の才能があるのだろう。NELを退職したのも、才能がなくやめたのではなく、この独特な性格が組織に合わなかったものだろうと思われる。こうして二人に研究所の説明をしてくれているのも、表向きは施設を利用しやすいようにということだろうが、実際は自慢の研究所の解説をしたいという欲求からなのだろう。本人がその欲求を自覚しているかどうかは分からないが。その証拠に、彼の説明は間借りするうえではどうでもいいようなものが多く、それでいて生活に必要な設備の説明がいくつも抜けていた。
「で、ここが来客用の部屋。今まで大まかに説明したけど、何か質問は?」
「いくつかいいですか」
志織は晴也の説明で欠けていた部分をいくつか質問した。その度に晴也は答えてくれたが、段々表情が不機嫌になっていく。
「さっき説明しなかったかい?」
「いいえ、してません」
「そうか。他に聞きたいことは?」
「いいえ、ありません」
間借りするうえで必要な設備についての質問しかしなかったせいか、晴也は不満そうな表情で志織を見つめた。
「案内と説明、ありがとうございます。志織、行くぞ」
正志が手を引き、二人で来客用の部屋に入る。扉を閉めると、無意識でため息をついた。自分でも気づいていなかったが、どうやら緊張していたらしい。
「昨日はファミレスだったし、今日はあんな奴の相手をしたし……疲れただろ? もう寝たほうがいい」
困ったような表情で正志が言う。
「ありがとう」
志織は笑顔を作ってそう返し、ソファに腰掛けた。