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その後、志織はテーブルに突っ伏す形で眠り込んでしまった。正志はそんな妹の姿を見ながら、砂糖で苦みをごまかしたコーヒーをゆっくりすすっていた。正志自身は、緊急時には普段通りの時間に充電しなくてもいいようになっていたため、あと十二時間ほどは眠らなくても問題ない。きっと志織は、この脱走の計画や、うまくいくか分からない緊張感から、ここ数日眠れていなかったのだろう。最近彼女が疲れた表情をしていたことに、正志は気づいていた。
妹の寝顔を見ながら、正志は、これからのことについて思案していた。志織が言っていた「匿ってくれるかもしれない人」がどれほど頼りになるのか、正志には見当がつかない。そもそも、志織だけならともかく、正志までもかくまってくれるような人物が、本当にいるとは思えなかった。もしいたとしたら、それは……二人を騙そうとしているか、よほどの変人か、どちらかだろう。
その人物に関しての情報がない以上、これ以上思案しても仕方がない。正志は軽く頭を振って、思考を切り替えた。
彼にはもう一つ、気になっていることがあった。それは、父親である正伸の死についてだった。NELで志織と話をしていて知ったのだが、志織は正伸の死を過労によるものだと教えられ、それを疑っていないようだ。確かに、正伸が死んだとき、過労によるものだと説明されたし、あの頃の正伸は日に日に顔色が悪くなっていた。しかし、正志が正伸の死後、彼の仕事について調べたとき、当時彼が任されていた仕事は多少忙しく責任もあったものの、過労死するような量ではなかった。実際、それ以上に忙しい時期にも、正伸は体調を崩すことなく働いていた。ならばなぜ、正伸は死んでしまったのだろう。表だって任されていた仕事以外に、あれほど体調を崩すような重荷を背負わされていたということだろうか。だとしたら、その重荷とはいったい何だったのか、それを負わせた人物は何者なのか。正志はそれらを知りたくとも知ることができないまま、二十五年もの間NELで過ごしてきた。ようやく解放されたのだから、それについて少々調べてみるつもりだった。
もしかしたら、と正志は先程まで考えていたことに思考を戻した。志織が自分たちをかくまってくれると思っている人物は、志織の知り合いだと言っていた。志織の知り合いということは、ロボット工学者の可能性もあるだろう。それであれば、何らかの手段で当時のNELについて調べることができるかもしれないし、その人物の年齢によっては、その人物自身が当時の正伸のことを知っているかもしれない。いずれにせよ、今は志織に従ってその人物に会いに行くことが最善の策のようだ。
コーヒーを飲もうとして、正志は、テーブルの上の影が先程までと微妙に違っていることに気づいた。窓の外に目をやると、先程までは建物から漏れる光以外は真っ暗だったのに、いつの間にか空が白っぽく変化していた。これまで見たことがなかった夜明けの光景に、彼はしばしの間見とれていた。