6-2
一通り車内にあるものについて質問し終えた後、正志はふと深刻な表情になった。
「志織。今日逃げるってこと、いつから計画してた?」
「……」
何も言えずに視線を逸らすと、正志はため息をついて志織の顔を彼のほうに向けさせた。
「なんで俺にも言わなかった?」
「言ったらマサにい、絶対反対したでしょ?」
声が尖らないように気を付けたせいか、やたらと低い声が出た。
「ああ。こんな無謀な計画、実行する訳にいかない。志織に何かあったらどうするんだ」
「でも、他に方法なんてなかった!」
思わず声を張り上げると、彼は虚をつかれたように目を見開いた。
「もし今日実行しなかったら、逃げるチャンスなんて絶対になかった。そりゃ、雪本さんと斎藤さんには見つかっちゃったけど、正志と私が逃げたのは、どうせすぐにばれちゃうことだし……」
周囲の人々に聞かれないよう、声を低くして話しかける。正志は眉間に深いしわを刻んでいたがやがてはーっと大きく息を吐きだした。
「急すぎて、びっくりした」
正志がわしゃわしゃと志織の頭を撫でた。突然の行動に驚きつつ、懐かしいその感触に志織の胸はいっぱいになった。
「無謀な計画だったのはまだ怒ってる。でも、逃がしてくれてありがとう」
怒ったような声だったが、正志の口元には微笑が浮かんでいた。
カーブに差し掛かり、電車が大きく傾く。その傾きで自分たちが電車にいることを思い出し、志織ははっとして周囲を見回す。いつの間にか、自分たち以外の乗客はみんな眠りにおちていた。
「ちょっと、やめてよマサにい。子供じゃないんだから」
志織が首をすくめて撫でる手から逃げると、正志は楽しそうに声をあげて笑った。