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その日の業務は、うわの空であまり手につかなかった。NEL最後の業務になるのだから集中しなければと思ったのだが、無意識で計画の手順を何度も確認してしまう。大きなミスこそなかったものの、周囲からは怪訝そうな表情で見られてしまった。
終業後、志織は、必要なものを全て鞄につめて正志の部屋に行った。絶対に必要なものだけを持ち、ほとんどの私物はNELに残していく覚悟だった。
「もうすぐ点検なのか?」
「うん」
志織は檻のそばに座った。計画のことを考えるとどうも落ち着かない。
「そんなに警報が怖いのか?」
正志が呆れたように笑う。
「だって、すごい音するから」
「まあ、あの音はすごいよな」
「知ってるの?」
まさか知っているとは思わず正志を見つめると、彼はきょとんとした。
「年に一度の点検は、この部屋もやってだぞ? 耳がおかしくなるかと思うほどすごい音が……」
正志がそこまで言ったとき、耳をつんざくようなサイレンが鳴り響いた。思わずびくりと震えて耳を塞ぐ。正志が苦笑して口を動かしたが、何を言ったかは聞こえなかった。
「マサにいっ、さっきジャケットあげたときの鞄の中、よく見て!」
サイレンに負けないように叫ぶと、正志は怪訝そうな顔をしつつ鞄を覗き込んだ。
「鞄の底の下!」
志織の言う通りに正志が腕を突っ込む。すると彼は驚いた顔をして掴んだものを取りだした。
それは、男性用のNEL指定の白衣だった。
「なんだよ、これっ……」
白衣を見て絶句している正志を尻目に、志織は事前に入手しておいた鍵を取り出した。素早く檻を解錠して中に入り、正志の拘束も解いていく。
「早くそれ着て、逃げるから!」
「逃げっ……本気かっ?」
「当然! 今日を逃したら逃げられない!」
戸惑う彼に無理矢理白衣を着せ、檻から引きずり出す。普段ならこのタイミングで警報が鳴るのだが、今日は点検のせいで、正志の脱走も紛れてしまう。
「大丈夫、白衣を着てれば研究員と思われるから」
鞄をひっつかむと、正志の腕を強く引き、志織は部屋を飛び出した。