5-9
計画実行当日。彼女は正志の部屋に、服の入った大きめの鞄を持って行った。
「はい、これ。今のとちょっと違う服にしてみたけど、どう?」
「また買ってきてくれたのか?」
正志は苦笑して、檻の隙間から差し出される鞄を受け取った。
「またって言っても、ジャケットだけだよ?」
正志は早速鞄を開けると、紺色の上質なジャケットを取り出した。以前と同じように、時間限定で首と手の拘束を解く。彼はすぐに着ていた青いパーカーを脱ぎ、ジャケットを羽織った。しっかりとした生地のジャケットは、いつもラフな格好をしている正志が着ると、着せられているような感じが滲み出てしまっていた。
「どう?」
「なんかちょっと変」
志織がくすっと笑うと、正志は顔をしかめた。
「変ってどこが?」
「なんか、着慣れてないのがバレバレ」
「こんなにしっかりした服、着たことないからな。公の場所に行ったことなんてなかったから」
彼の言葉に、ずきりと胸が痛む。志織の表情が変わったのを見て、正志は慌てて言葉をつけたした。
「別に、そのこと気にしてるわけじゃないからな? ただ、着慣れてないって言うから理由言っただけで……」
「分かってるよ」
自分の声が思ったよりも辛そうで、志織は動揺して口を閉じた。
「志織? 大丈夫か?」
「……何が?」
「今日なんか、様子がおかしいぞ?」
「何ともないよ」
志織はそう言ったが、直後に首を振った。
「あ、違う。今日の夜に、NEL全体で点検作業があるの。それでちょっと緊張してるかな」
「点検作業?」
正志が初耳だというように首をかしげる。
「うん。年に一度のね。あちこちで警報が鳴るから、毎年のことなんだけどびっくりしちゃうの」
志織が苦笑してみせると、正志は心配そうに眉を寄せた。
「今日は何時まで仕事?」
「点検の時は休みだよ。でも、一人で帰るのは控えろって言われてるから、点検終わるまで帰れない」
「そうか……なら、点検の間、ここにいるか?」
願ってもない提案に、志織は表情を輝かせた。
「本当っ?」
「そんなに嬉しいのか?」
「あ……うん、まあね」
正志が嬉しそうに笑うのを見て、志織は曖昧な笑顔を浮かべた。点検の時の警報が少々怖いのは嘘ではなかったのだが、別に一人でもやり過ごせる。その時間に正志といられることは、計画を遂行する上で非常に好都合だった。