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彼は、首や手足に拘束具がつけられているにもかかわらず、それを引きちぎらんばかりの勢いで暴れていた。鎖の先端が檻の一本に繋がれている。暴れながら獣のような咆哮を上げており、壁際にいる中の何人かが静かにするよう叫んでいた。青年の服はボロボロで、関節部分などすり切れてしまっている。どう見ても監禁だった。
「これは……」
これは何なんだ、と聞きたかったが、あまりの衝撃に絶句してしまった。この研究室では、いったい何が行われているというのだ。こんな風に青年を監禁し、拘束して……この研究所では、ロボット研究しか行われていないはずなのに。
青年が、志織の声に反応するようにピタリと止まった。驚いたように志織を見つめている。
「覚えていないのか?」
斎藤に聞かれたが、志織はすぐに思い出せなかった。見たことがある顔なのだが、どこで見たのか分からない。
「仕方ないでしょう、二十五年も会ってないんですから」
壁際にいた一人が口を開く。二十五年前、という言葉に、志織の体は無意識で緊張した。二十五年前――つまり、志織が十歳のころ、彼女の父は過労死したのだ。
「マサシ、座れ」
先程二十五年前と口にした男が言うと、青年は志織を見つめたまま、ゆっくりと地面に座りこんだ。
志織は青年の顔を見ながら、彼の顔に見覚えのある面影がないか探した。二十五年も会っていないのだから、顔が変わっていて当然だ。二十五年前から見ていない顔、といえば父だが、もちろん父はこんなに若くなかったし、すでに死んでしまっている。葬式を出したから死んでいるのは確実だ。他に、二十五年前に分かれた人は……。
不意に、ある光景が脳裏に浮かんだ。母が死んだ一年後、父が連れてきた青年。
「今日から志織のお兄ちゃんだ」
嬉しそうに笑った父の顔。青年を紹介する父の優しい声。
「正志だ」
名前を呼ばれ照れくさそうに笑った青年の顔は、今檻に入れられている青年と全く同じだった。
「お兄ちゃん……」
長年口にしていなかった呼び名で呼ぶと、彼の目に光が宿った。
「志織……覚えてて、くれたんだ」
その懐かしい声も、記憶のそれと寸分の狂いもなかった。先ほどまでの怒号とは全く違う、穏やかな声だった。