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正志の様子が明らかに落ち着いてきたので、正志の管理担当は完全に志織に引き継がれた。志織が休んでいる時間は、今まで通り松田たち他の研究員に任せるが、正志の管理の責任は志織が負うこととなった。
それを正志に伝えると、彼は顔を輝かせて喜んだ。
「出世じゃないかっ。志織、おめでとう」
「出世って言っても……」
「父さんの尻拭い感は否めないけどな。それでも出世は出世だよ」
実は、正志とは別の意味で、志織も喜んでいた。上司がいなくなり、責任を自分で負うことになったので、今までより自由に動けるようになると考えていたのだ。正志の拘束を多少緩めたり、あわよくば拘束を完全に取り外したりすることもできるかもしれないのだ。正志に少しでも普通の生活をさせてやれるかもしれないと考えるだけで、自然に頬が緩んだ。
「ほら、志織も出世だって思ってるんだろ? にやけてる」
「出世だとは思ってないよ」
志織は本音を言わずにはぐらかした。この部屋は映像だけでなく音声も記録されている。今考えていることを下手に口にしてしまえば、絶対に叶わなくなってしまう可能性が高いのだ。
「今度、お祝いしなくちゃな」
「お祝い?」
「何か買ったり、食べたりはできないけどさ。お祝いさせてくれよ、兄として」
何をしてくれるのか聞こうと思ったが、何もできないと分かっているので、口にすることはできなかった。その代わりに、
「分かった、楽しみにしてるね」
と言うと、正志は嬉しそうに頷いた。
彼自身も分かっているのだろう。自分が妹をお祝いできるような日は来ないことを。でも、そこから目を逸らして、今だけは普通の兄妹のようにふるまっていたかったのだろう。そしてそれは、志織も同じだった。
『普通』の兄妹のような生活を、昔のような生活を、またしてみたかった。