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志織が服を差し入れてから、正志は暴れなくなった。彼女が部屋にいるときはもちろん、部屋から出て行っても檻の中でじっとしている。この状況に、松田をはじめとする正志を知る研究者たちは驚愕していた。志織が理由を尋ねると、正志は少々顔を赤らめて笑って言った。
「だって、初めて志織が自分の給料で買ってくれた、俺へのプレゼントだろ? ボロボロにしたくなくてさ」
昔彼女があげた折り紙の動物や、拙い字で書かれた手紙や、お小遣いをためて買ったハンカチは、NELに連れ去られた時に処分されてしまったらしい。
「今俺が持ってる志織からのプレゼントは、これしかないから」
正志は笑っていたが、志織は切なさを感じずにはいられなかった。彼は、見た目は二十代後半とはいえ、今年三十五歳になる志織の兄なのだ。正志が歳を取らないから、何歳差と言うことはできないが。そんな兄が、妹からの私服のプレゼントに、これほどまでに喜びを感じてくれるとは……二人の間の、一緒に過ごせなかった時間の長さを、実感せずにはいられなかった。
本来なら、監視室でしっかり監視してさえいれば、正志が暴れていない時間は、彼の部屋に行かなくてもいいということになっていた。しかし志織は、NELにいる間は、極力正志の部屋にいた。食事や休憩は彼が眠っている間に行い、自分が帰る時間も極力正志の睡眠時間に合わせた。
不思議なことに正志は、暴れなくなってからも、六時間の活動と六時間の休息のサイクルを崩さなかった。雪本はこのことを松田から聞いたらしく、
「暴れたいという欲求のようなものを抑えているから、その分エネルギーを使っているのだろう」
と考察していた。「欲求『のようなもの』」とわざわざ言ったのは、彼が正志のことを人間だと認めていない証明であり、世間一般から見たら正志はそんな存在なのだろうと考えると、いたたまれない気持ちになった。