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松田が両肩に手を置き、なだめるように何度か軽く叩いてくれたが、その動作にまた涙がこぼれてくる。志織はハンカチで目元を抑えながら言った。
「すみません…二人に、してください」
「二人?」
「正志と、二人きりに……」
「無理です。ここに人間を一人で置いて行くことはできません」
「一人じゃないです」
志織はハンカチから目を離し、牢獄を見つめた。こちらを呆然と見ている正志と目が合った。
「正志と一人きりで残すことはできないんです」
松田は淡々とした口調で繰り返す。
「危険です。残していくことはできません」
「危険じゃありませんよ。正志が、私の前では比較的落ち着いていることは、あなたも知っているでしょう?」
「しかし……」
松田のかたくなな態度に、志織が折れた。
「分かりました。では、せめて、正志と二人で話させてください」
「ですから、一人残すことはできません」
「そうではなくて、この部屋の隅に行ってくれませんか?」
「この部屋の会話は、すべて録音されていますが……」
「分かっています。ただ、兄妹の会話を、こんなに近くで聞かれたくないだけです」
志織は松田を振り返り、苦笑した。
「感覚の問題です」
「感覚、ですか……」
理解できないという表情を浮かべつつも、松田は部屋の隅に移動した。
志織は檻のそばに歩み寄った。
「近づきすぎないでくださいっ」
部屋の隅から鋭い声が飛ぶ。
「分かっています」
志織は、正志が手を伸ばしても絶対に手が届かないぎりぎり距離まで近寄った。普段なら正志が手錠をしているから檻の外に手が出ないが、今は着替えのために外しているから、手を伸ばそうと思えばできてしまう。
「ごめん、マサにい。そろそろ時間だから……手錠と足枷と首輪、自分で付けられる?」
「……ああ」
苦虫を噛み潰したような顔をして、正志は拘束具に手を伸ばした。自分で自分を拘束する正志を見ていると、志織はなんとも言えない感情に襲われた。
「ごめん……」
「いいよ、俺が暴れるのがいけない」
正志は手足を動かし、しっかり拘束されていることをこちらへ示した。
「これで文句ないだろ、松田さん?」
「え、ええ」
突然話しかけられた松田は、裏返りそうな声で返事をした。
「志織。もうちょっと、近づいてくれないか?」
「うん」
檻のすぐそばまで歩み寄る。松田は止めることはしなかった。