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いつの間にか腕は松田の拘束から離れていた。志織が松田を振り返ると、彼女は、目の前に出したモニターに何かをしきりに打ち込んでいた。
「マサにいは? 元気?」
くだらない質問だとすぐ気付いたが、正志は笑顔のまま答えてくれた。
「うん。体調は悪くないし、体力もある。服はこんなだけど」
彼はすり切れて肌が露出した肘や膝を示して笑った。
「じゃあ、明日買ってくるね」
「楽しみにしてる。服のサイズは変わってないから」
その言葉に背筋がぞくりとした。二十五年前から体格が変わっていないという発言が、二十代の青年から発せられるということは、これほどまでに違和感があるのか。
志織の表情がこわばっていたのだろう、正志が心配そうな顔をして尋ねた。
「どうした?」
「ううん……服、持ってこられるか、許可もらえるかなって」
「無理しなくていいからね」
我ながら不自然な日本語になってしまったとは思ったので、正志が追及してこなかったことに安堵した。
今まで無言だった松田が、志織のそばに寄ってきて耳元で囁いた。
「落ち着いているようですね。いったん戻りましょうか」
松田の声が聞こえたのか、一瞬にして正志の表情は変化した。
「志織をどこへ連れて行く気だっ」
あまりの剣幕に体が強張る。思わず正志を呼ぶ声が口から零れた。
「マサにい……?」
「志織を俺の目の届かないところへ連れて行くなっ」
正志は志織のことを見ておらず、松田のことを睨みつけていた。檻を揺らす音が重く響き渡る。
「マサにい、どうしたの……?」
いつも優しいはずだった。こんなに激しい怒り方をする人ではなかった。志織の知っている正志は、絶対出られない檻を破壊しようと、自分の身を傷つけるようなことはしなかった。怒ることもあったが、ここまで怖い表情をしている正志は、見たことがなかった。
何が一体、正志をここまで暴力的にしているのだろう?
志織は、訳が分からず、呆然と立ちすくみ混乱していた。