1-11
しかし、正志と志織は二十五年も会っていないのだ。志織は首を振った。
「私が正志の暴走を止められる保証はありません」
「でも、他の人間より可能性は高い」
雪本の口調から、志織に拒否権がないことは明らかだった。
それに、と雪本は言葉を続けた。
「この提案は、斎藤くんがしたものなんだ」
志織は思わず横に座る上司を見つめた。斎藤は完全な無表情で志織を見つめ呟いた。
「適任だろう?」
その一言で、自分がどれほど上司に疎まれ、憎まれていたのかを悟った。口調にはあまりにも悪意がこもっていた。かつて自分を疲弊させた先輩の娘の上司にされ、憎しみを増幅させていたのだろう。志織から解放され、あわよくば傷つけることもできる合理的な理由を思いついた時、彼の中でそれを報告しないという選択肢は存在しなかったに違いない。
今まで斎藤の感情に全く気付いていなかった自分の鈍感さに、志織は呆れていた。嫌われて当然だと思いつつ、そんな態度を微塵も見せない斎藤を、すっかり信用しきっていた。いや、もしかしたら、志織が鈍感すぎて気づいていなかっただけかもしれない。どちらにせよ、志織はこれ以上、斎藤の部下でいることはできないのだと悟った。
志織は雪本に向き直り、しっかりとした口調で言い切った。
「分かりました。正志の管理を、引き受けさせていただきます」
もう、平凡な研究者には戻れない。