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私の一番初めの記憶は、真っ白な光だ。眩しくて目を開けていられず、すぐ目を閉じた。光以外には何も見えなかった。音は何も聞こえなかったはずだ。
母は、私の目の前で、仕事中の爆発事故で亡くなった。当時二歳の私は、特殊ガラスに囲まれたケースに入れられていて、無事だったそうだ。
だから私は、母のことを何も覚えていない。
志織は、設計データとメモをいくつも目の前に開いた状態で、小さくため息をついた。こんな設計では全く駄目だ。このまま開発を進めても、商品になるころには似たようなロボットがいくつも販売されてしまったあとだろう。仕組みが違っても機能が同じであれば安価な方が売れるが、この設計では、安価に作ることは不可能だ。志織は開いたデータを目の前から全て消し、近くを通りかかったロボットが持っていたコーヒーを受け取った。淹れたてのコーヒーはおいしかったが、気分は重かった。
ロボット開発という仕事に魅力を感じていたわけではない。この仕事しか選択肢がなかったようなものだ。もちろん世間には様々な職業が溢れている。だが志織は、自分がロボット開発とかかわりのない職に就くなど、考えられなかった。志織の両親はロボット開発に携わり、二人ともロボット開発のせいで死亡した。両親が人生を捧げた職業は、彼女の人生を半強制的に決定してしまった。
とはいえ、有名な開発者であった両親の才能を受け継いでいるというわけでもないらしく、目覚ましい研究結果は出せないでいた。
いいアイデアが降ってこないかと中に視線を漂わせながらコーヒーをすすっていると、大きな手が肩に乗せられた。
「高村くん」
「なんでしょう」
振り返るとそこには上司の斎藤雄介がいた。彼は志織より十五歳ほど年上で五十代前半なのだが、日々の苦労のせいか六十代に見える。髪は白いものが混じるというよりほぼ真っ白で、顔もしわが多く疲れ切った表情をしている。ただし背は高く、猫背なのに百六十五センチの志織が見上げなければいけない。そしてその疲労の原因が彼女の父親であるため、志織は斎藤の命令に逆らうことは難しかった。もちろん誰からそう言われたわけでもないのだが、だからと言って普通の上司と部下の関係を続けられるほど精神が強くはなかった。
「君に頼みたい仕事がある。来てくれ」
「私に、ですか?」
「君にしかできないんだ」
「……分かりました」
戸惑いながらも志織は頷いた。この研究所に入所した当時は「高村夫婦の娘」として注目され、様々なプロジェクトにも親の七光りで参加させて貰えていたのだが、今では普通の研究員として扱われている。特別扱いは苦手なので正直有難かったが、周囲の視線が少しずつ離れていく感覚は多少寂しくもあった。そんな志織に適任だという仕事などあるのだろうか?