第6章 キモチ
翔や聡太が励ましてくれても、現状はなかなかうまくいかない。
達弥と顔を合わすことがなかったのだ。
部屋に帰ってきている様子もない。
愛海にs-wingの仕事が忙しいのか聞いたら、そうでもないと言う。
愛海も廉から聞いて、舞輝と達弥のことを心配していた。
「別れちゃったりしないよね?」
愛海は言った。
「わからない・・・達弥さんに嫌われちゃったっぽいんだ。何も言わなかったあたしが悪いの。」
「話せばわかってくれるよ。」
「もういいの。ごめんね、愛海。心配かけて。」
「そんなこといいけど、このままにしちゃダメだよ!ちゃんと話し合ってから決めなよ?」
「うん。」
舞輝は電話を切った後、ベランダに出てみた。
こうして達弥さんと、短い時間でもおしゃべりして、笑って。
たまにお隣さんに怒られたり。
いないとわかっていても、居るんじゃないかと思ってしまう。
ごめんね・・・達弥さん。
達弥さんが居ないと・・・寂しいよ・・・。
舞輝の目から自然に涙がこぼれてきた。
達弥が用意したベランダ用の椅子に座って、柵にもたれかかった。
「お疲れさま!」
舞輝と、翔と聡太は稽古場を出た。
「疲れたぁ!」
翔は肩をトントン叩いた。
「なんか食ってくか?」
聡太が言うと、舞輝と翔は同時に「賛成!」と言った。
門を出ると、青いスポーツカーが止まっていた。
車から出てきたのは俊太だった。
「マイ!」
「どうしたのよ、こんなとこまで。」
「お得意さんから映画のチケットもらったんだ、一緒に行かないか?」
「そんなこと言いにわざわざ来たの?」
「だって、マイ連絡くんないんだもん。」
そうか、俊太の連絡先はメモでもらったけど、あたしのはあげてなかったっけ。
「あはは・・・」
「で、どう?今夜にでも。」
「レイトショー?これから翔たちとご飯食べに行くの、それからでもいい?」
「ああ、まだ商談が2件あるんだ。」
「じゃぁ、終わったら連絡して。」
舞輝は俊太に番号を教えた。
「終わったら迎えに行くよ。じゃ、あとで。」
俊太は車に乗り込んで行ってしまった。
「舞輝、行くのかよ?」
翔が言った。
「ダメ?」
「ダメじゃないけど・・・」
「でしょ?早くご飯いこうよ!」
「あぁ。」
3人はファミレスに向かって歩き出した。
その頃・・・
「ワン・ツー・スリーエンフォー・・・」
ただいま、s-wingは新曲の振り付けの稽古中。
相変わらず、身が入らない達弥。
「おい・・・・・達弥ぁ!」
拓は達弥の耳元で叫んだ。
「わぁっ!なんだよ・・・耳痛いだろ。」
「誰かさんがうわの空だからさぁ。」
「このぶんじゃ、まったく進展ないって感じだな。」
真人が言った。
「ごめん。」
「愛海が心配してたぞ。こないだ舞輝ちゃんと話したみたいで、別れちゃうんじゃないかって。嫌われちゃったかもって言ってたらしい。」
「違う!嫌われたのは俺のほうだ。だから一緒にいたがらない。」
「だからさ、そこで食い違いが生じているなら舞輝ちゃんのとこ言って確認してこいって!」
拓がじれったいといわんばかりに言った。
「帰れ。」
「え?」
「舞輝ちゃんと仲直りするまで稽古に来なくていい。だから帰れ。」
廉が言った。
「廉の気持ちわかってやれよ、お前を心配して言ってるんだから。」
真人が言った。
「フラれたら俺達が慰めてやるよ!健闘を祈る!」
拓が言った。
「絶対、捕まえてこいよ!そんで離すなよ!」
廉が言った。
「サンキュー、みんな。」
達弥はカバンをひっ掴んでスタジオを飛び出した。
俺には、舞輝しかいない。
どんなに悩んでも、答えは一つ。
舞輝を離したくない、それだけ。
舞輝の声。
舞輝の体温。
舞輝の手。
舞輝の笑顔。
全部、俺のエネルギー源。
達弥は舞輝のもとに走った。
舞輝に電話してもつながらない。
まず、稽古場にいってみた。
すでに稽古は終わり、人の気配がなかった。
家に行く前に、翔のところに寄った。
「舞輝、もう帰った?」
「それが・・・」
「何?」
「舞輝、俺達と飯食ったあと、元彼と映画見にでかけたんだ。」
「え?俊太か?」
「そう、稽古場で、待ちぶせしてて舞輝を誘ったんだ。俺達とご飯食べた後でいいならって、なぁ?」
翔は聡太に振った。
「あぁ。飯食ったあとにすぐ連絡きてたよな?たしか、20時に駅前でって。」
達弥は時計を見た。
19時45分。
「ありがとう!」
達弥はそのまま駅に向かって走り出した。
「これで仲直りするかもな。」
聡太は言った。
「失恋か?おれがいるじゃないか!」
「あぁ、そうだな。」
二人は肩を抱き合って寮に戻った。
翔たちの寮から駅まで走って10分。
きっと間に合う。
間に合ってくれ!
達弥は乾燥する空気の中、必死で足を前に出した。
その頃、舞輝はすでに駅にいた。
少し待つと、俊太の車が現れた。
「お待たせ。」
俊太が降りてきて助手席のドアを開けた。
「ありがと。」
舞輝が車に乗り込もうとすると、「舞輝!」達弥の叫ぶ声が聞こえた。
舞輝は声のする方へ振りむいて辺りを見回した。
行き交う人の中に達弥の姿があった。
「達弥さん・・」
ハァハァと息が上がっている。
たくさん走ってあたしを探してくれたの?
白い息が空に舞い上がっていく。
俊太も達弥に気づいたようだ。
「マイ・・・。」
俊太は舞輝の腕を掴んだ。
「行かないで。」
舞輝の腕を強く握った。
「俊太・・・。」
よたよたと達弥が近づいてきた。
「行くなよ。」
達弥は舞輝の手を掴んだ。
「行かせない。マイを泣かせただろ?」
「それでも、舞輝は渡さない。」
達弥も一歩も引かなかった。
少し沈黙が流れた。
久しぶりに見る達弥。
会いたくて会いたくて仕方なかった達弥が自分のために走ってここまで来てくれた。
もう、ダメかと思っていたから。
あたし・・・達弥さんじゃなきゃダメだ・・・
「俊太・・・・ごめん・・・・」
「マイ・・・・」
舞輝の目に涙が浮かんでいた。
俊太は掴んだ手を離した。
「行けよ・・・。」
「俊太・・・ごめん、ありがと。」
達弥は舞輝を連れて走り出した。
舞輝は黙って達弥についていった。
よく二人で散歩する緑地公園。
達弥はようやく足を止めた。
さらにも増して達弥の息は上がっていた。
「達弥さん、なんか飲み物買ってくるよ。」
舞輝が言うと、達弥は舞輝を抱きしめた。
「いいよ。どこにも行くなよ。」
「でも・・・」
「俺から・・・離れてかないで・・・」
「ジュース買いに行くだけだよ?達弥さん、声出てないし。」
もう、達弥の声は走りすぎてかすれていた。
「いい、舞輝の傷に比べたらどってことない。気づいてやれなくてごめん。舞輝の負った傷が深かったことに気づかないで、ホントにごめん。」
達弥のカスカスの声で精一杯言った。
舞輝は首を横に振った。
「怖かったの。また同じこと起きるんじゃないかって。そう思ったらどう接したらいいかわかんなくて・・・頭ではわかってるのに、嫌いになったわけじゃないのに。もう、達弥さんに嫌われちゃったかと思った。」
「嫌いになんかなれるかよ。俺には舞輝しかいないんだから。」
「行くなって言ってくれて嬉しかった。」
舞輝も腕を達弥の背中にまわした。
一番安心できる温もり・・・。
「舞輝。」
「ん?」
「結婚しよう。」
舞輝は達弥を見上げた。
「結婚・・・?」
「もう、離したくないんだ。舞輝のこと。」
達弥はポッケから指輪を出して、舞輝の左薬指にはめた。
「駄菓子屋で見つけた。本物は正式にプロポーズするときにちゃんと渡すから。受け取ってくれる?」
「もちろん!」
舞輝の目から涙が溢れていた。
また二人は抱き合った。
「もう、絶対離さない。」
「うん。」
どうして、たくさんいる人間の中からこの人だって決められるんだろう?
さぁ?
もしかしたら、遠い遠い前世はアダムとイブだったのかも!
そしたらすごいたくさんのアダムとイブが存在しちゃうじゃん(笑)
そっか。
俺は赤い糸説がいいな。
生まれたときから見えない赤い糸で結ばれてるってやつ?
この世に生まれて来たっていう運命。
そのときから運命の人って決まってて、見えない糸で結ばれてる。
必ずどこかで出会って、恋をして結ばれる。
神様がちゃんと引き合わせてくれるんだ。
運命の人に。
広い世の中だけど、もしかしたら渋谷のスクランブル交差点や、どっかの旅先ですれ違ってたかもしれないね?
赤ちゃんの頃、幼稚園の頃、小学生、中学生、高校生って。
そして俺達は、収録スタジオでようやく出会った。
一般人と芸能人で。
憶測でここまで語っちゃう?(笑)
謎なんだからいいんじゃないの?
そっか。
ねぇ、いつもの喫茶店で温かいココア飲もうよ!
行くか!




