第3章 裏切り
“ピンポーン”
達弥は覗き窓えを見ると、玲子が立っていた。
ドアを開けると。玲子は「こんにちは」と言って手を振った。
「何やってんだよ?今まずいのわかってんだろ?」
「あたしは達弥さんの彼女になりたからいいんです。」
玲子は玄関に飾られている写真を見た。
すらりとした女の子が隣で幸せそうな笑顔で写ってる。
あたしよりガキじゃないの。
こんなガキのせいでてこずったのかと思うと腹が立ってきた。
「いいわけないだろ。タクシー呼ぶから帰ろう。」
達弥は玲子をひっぱり出して外に出た。
「せっかく来たのに・・・」
玲子はむくれた。
「大通り出ればひろえるから行こう。」
「いいです、ここで。わかりますから。」
「そう、じゃぁ、気をつけて。」
達弥は言うと、玲子は微笑んでキスをした。
「じゃ、また。」
玲子はそう言うと、大通りに向かって歩いて行ってしまった。
「まいったな・・・・」
達弥は、ため息まじりで頭をかいた。
「何がまいったの?」
後ろから声がして振り返ると、舞輝が立っていた。
「舞輝・・・」
舞輝は目にいっぱいの涙を溜めて走ってマンションに入っていってしまった。
「舞輝っ!」
すると、ケータイが鳴った。廉からだった。
「もしもし。」
「捕まえたぞ。」
「え?捕まえた?」
「写真撮った奴。達弥の家のそば歩いてるカメラヤローとっ捕まえたら白状したよ。ちょっと調べてみたんだけど、玲子ってちょくちょくスクープされててさ、元を探したら今捕まえたカメラマンだったんだ。」
「マジかよ。だから舞輝とは撮られないのに、玲子ちゃんとはあっさり取られたわけだな。」
これで達弥も納得できたし、舞輝に説明できる。
達弥は舞輝のオートロックになっているマンションにはいり、部屋の番号を押して舞輝を呼び出した。しかし、舞輝からの応答はなかった。
達弥は自分の部屋に戻ってベランダへ出ると、お向かいの舞輝の部屋のベランダに飛び移り、窓を叩いた。
「舞輝!聞いてくれよ。」
部屋からはなんの返事もない。
舞輝はベッドの中で泣きながらうずくまっていた。
なにも聞きたくない・・・。
達弥は舞輝が落ち着くのを待つことにして、玲子とカメラマンの件で廉たちと合流して事務所にいた。
玲子は達弥に本気だと言って、カメラマンのことは知らないとあくまで否認した。
もめるにもめて疲れ果てて帰ってきた達弥は舞輝の部屋を見た。
カーテンが開いている。
急いでベランダに出て舞輝の部屋にいって覗いて見ると、舞輝は部屋にはいなかった。
ケータイもテーブルに置きっぱなしだった。
達弥は部屋に戻って、舞輝を探しに家を出た。
舞輝の好きな緑地公園、本屋さん、図書館、どこもいなかった。
気づいたら、舞輝は泣きながら寝てしまったようで、目が覚めるともう夕方になっていた。
少しカーテンを開けてみた。達弥の姿はなかった。
気晴らしに、散歩に出ようと外に出た。
枯葉が舞い、風も夕方になるとよりいっそう冷たくなる。
ちょっと薄着で出てきてしまったことに後悔した。
なんとなく歩いて、なんとなく電車に乗って、気づいたら新宿まできていた。
達弥は翔のいる寮に行ってみた。
「舞輝来てないか?」
「どうしたんですか?来てないですよ!」
「いや、ちょっと・・・。」
「舞輝、今日新幹線の中でちょっとおかしかったんです。それと何か関係があるんですか?」
翔が心配そうに聞いた。
「おぃ、翔どーした?」
聡太が買い物袋を下げて帰ってきた。
「舞輝見なかったかって達弥さんが。」
「舞輝なら、さっき駅に入ってくとこみたぜ。」
「ホントか?ありがとう!」
達弥は急いで駅に向かっていった。
「舞輝と話したのか?」
翔は聡太に聞いた。
「いや、離れてたから。」
「そっか、なんもないといいんだけど。」
「なぁ、翔。」
「ん?」
「いいや、今度で。」
聡太は寮に入っていった。
「なんだよ。」
翔も寮に戻った。
舞輝は新宿の駅の周辺をグルグル回っていた。
下手に歩いて迷子になりたくなかった。
歩きつかれて、あるショーケースの前で立ち止まった。
見ると、冬の白コートが飾られていた。
素敵・・・
ずっと買い物なんてしてないな。
「マイ?」
聞き覚えのある声に振り向くと、俊太がいた。
俊太はまだ仕事中なのだろう、スーツ姿だった。
「俊太。」
「奇遇。そんな薄着で何してんの?」
「うん、散歩。」
「散歩?散歩するような場所には思えないけど。」
俊太が笑った。
はにかんだ笑顔はあの時のまんま。
いつもそうだった。
落ち込んでいると、いつもそのにかんだ笑顔で話しかけてくれた。
“マイ!”って・・・。
気づくと、涙が勝手にこぼれていた。
ぽろぽろと次から次へと溢れ出してくる。
俊太は黙って頭をナデナデした。
「ごめん、このコート欲しいなって見てたら、凄い高くて!」
舞輝は急いで言い訳した。
「だから泣いてるの?」
「うん・・・。」
「相変わらず、嘘が下手だなぁ。」
俊太は笑いながら、舞輝をそっと抱きしめた。
まるで子供をあやすかのように優しく。
舞輝も抵抗しなかった。
誰かに寄りかかりたかったのだ。
ようやく新宿を一回り探し終えようというときに、舞輝と俊太が人ごみから見えた。
人と人との間で見える二人は、俊太が舞輝を抱きしめているのがわかった。
達弥はその場から立ち去った。
達弥にも、自分が何故立ち去ったのかわからなかった。
舞輝が自分以外の男と抱き合ってていい気分しないわけない。
でも、どうすることもできなかった。
舞輝が無事だったということだけよかったと言い聞かせ、電車に乗った。
俊太に連れられ、二人は近くのカフェに入った。
「仕事中じゃないの?」
「次の商談まで時間があるんだ。」
俊太はブラックのコーヒーを一口飲んだ。
「そう。」
舞輝も紅茶を飲んだ。
「彼氏と喧嘩でもしたの?」
「まぁね。」
「俺に乗りかえるか?」
俊太が冗談っぽく言う。
「残念、その気ないわよ。あたしのこと待ってる人たくさんいるんだから。」
舞輝も冗談を言った。
「もう、落ち着いたね。よかったよ。」
「ありがとね、付き合ってもらっちゃって。」
「いいよ。これ、俺のケータイ。なんかあったらいつでも話し聞くよ。」
「ありがと。」
舞輝はメモを受け取った。
二人は外に出た。
さっき立ち止まったショーウィンドウに通りかかる。
舞輝はまた立ち止まって見た。
「似合うと思うよ。」
俊太が言った。
「仕送りじゃ限界あるからね。見てるだけ。」
「買ってやるよ。」
「え?いいよ。」
「いいから。」
俊太は舞輝の手を掴んで店内に入って行った。
半無理やり試着。
着たら欲しくなるじゃない・・・・
「いいじゃん!これください。」
俊太はコートとカードを店員に渡した。
「ねぇ、いいってば!」
「似合うんだからいいじゃん。」
「そういうことじゃなくて、買ってもらっちゃって彼氏面されても困るのよ!」
「俺、そんなつもりないよ。」
俊太は少しムッとして言った。
ちょっと言い過ぎたと、舞輝も思った。
「ごめん。うまく言葉見つかんなくて・・・。」
「慰謝料。これでどう?」
俊太は言った。
「俺、マイになんもしてやってないから、これくらいさせてくれないか?」
舞輝は何も言えなくなった。
あたしなんかよりも、何倍も大人だ。
舞輝はおとなしく買ってもらうことにした。
「ありがとう。」
「おぅ!」
俊太は嬉しそうだった。
舞輝は俊太と別れて駅に向かった。
達弥さんの話しくらい聞かなきゃ。
舞輝・・・・
今頃、別れた男と何話してるんだろう。
いろんな不安が頭の中を駆け巡っていく。
「あぁぁぁぁぁ!」
達弥はソファにもたれかかった。
舞輝の部屋の明かりがついた。
いつ帰ってきてもいいようにカーテンを開けていた。
達弥はすぐさまベランダへ出て、塀を乗り越えて舞輝の部屋に行った。
“コンコン”
少し開いたカーテンから達弥が覗いていた。
舞輝はカーテンと戸を開けて、達弥を中に入れた。
「遅かったね。」
達弥が言うと、舞輝は小さく頷いた。
目を合わしてくれなかった。
「別れた男に慰めてもらってたから?」
舞輝は一瞬固まったが、今度は達弥を真っ直ぐ見て「うん。」と言った。
「舞輝・・・」
達弥に不安が過ぎった。
達弥は舞輝の腕を掴んで抱き寄せようとした。
「いやっ!」
舞輝は抵抗した。
「ごめん、舞輝・・・」
達弥は肩を落とした。
「あいつのとこ行くのか?」
舞輝は首を横に振った。
「誰かに寄りかかりたかったの。」
「そっか。疑って悪かった。話し聞いてくれないか?」
「聞くために帰ってきたの。」
達弥は一呼吸おいて話し始めた。
玲子との出会い、食事会、相談があるといって呼び出された夜の話し、必死に迷惑かけた人にお詫びを入れていたこと、今日玲子が押しかけてきたこと、キスされたこと、それをタイミングよくみられてしまったこと、廉から連絡があって、玲子の仕組んだことだったとわかったこと、事務所でさっきまで大揉めしたこと。
そして、舞輝を探し歩いていたら、俊太と抱き合っているとこを見たこと。
「ごめん・・・舞台の最中のことだったから、あえて言わなかったんだ。心配するだろうって思って。」
「わかったよ。あたしのほうこそ心配かけてごめん。達弥さん、仲直り。」
舞輝は手を差し伸べた。
「舞輝・・・ありがとう。」
達弥は手を握った。
そのまま舞輝を抱き寄せ、「おかえり。」と言った。
「ただいま。」
舞輝はぽっかり開いた穴を達弥の胸で埋めようとした。
でも、なんか・・・・寂しさを紛らわすことができない。
疲れているからだろうか。
「あたし、今日は疲れたの。お風呂入って寝るね。」
「そうだな。じゃぁ、戻るわ。」
達弥はベランダに出た。
出たところで止まった。
こんな夜は、舞輝を自分の腕で抱きしめて寝たい・・・。
「舞輝。」
「ん?」
「今夜、一緒に寝ないか?」
達弥の言葉に一瞬悩んだが、さっきの今だし、達弥といればきっと癒える。
「うん、いいよ。」
舞輝は言った。
達弥は嬉しそうに、鍵閉めてくるといって部屋に戻った。
一緒に布団に入って、くっついて寝た二人。
この夜、気持ちが癒えたのは、達弥だけだった・・・。




