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たいまつを掲げた村長を先頭にして、マヨルド村の男達が列をなして進む。その列の真ん中には、ベールを目深に被り、珊瑚などで着飾った、白い衣装の娘2人が伴われている。
年に一度、海の安全を祈願する祭りを模したのだと、村長は言っていた。伴われているのは人魚姉妹のフリをしたアルテミスとガデスだ。列は船着き場に作られた祭壇前で止まると娘達をそこに座らせ、手にした太鼓を打ち鳴らしてから立ち去る。
「実際は生け贄なんて物騒なものじゃなくて、芸人に祭壇の上で夜通し演奏してもらうらしいよ」
祭壇の様子を伺いながら、フェリルが説明する。海の守護者は水と海の女神なので、男前な芸人を呼んで女神に楽しんでもらうのだそうだ。
アクア達は倉庫の陰に隠れて、祭壇を監視していた。脅迫者が現れたら上手く誘導し、取り囲む算段だ。ガデスは衣装の下に、アルテミスは祭壇に武器を隠しており、あちらも即座に対応できるようにしてある。
すっかり夜も更けて暗闇が広がっているが、周りはかがり火が焚かれており、視界に問題はない。
しばらくは何の変化も起こらず、静かに波の音だけが聞こえていた。しかし日付が変わろうとする頃、激しい水音とともに、何かが複数水面から飛び出してきた。それらは素早く祭壇に寄り、怯えたフリをしている娘達を取り囲む。かがり火の明かりが、現れたもの達の姿を明らかにした。
「--俺、今ちゃんと起きてるよな」
見たものが現実なのか自信が持てずに呟くと、もちろんという答えが返ってきた。夢ならよかったのに、と思いながら、もう一度現れたものをちゃんと見る。
祭壇を取り囲んでいるのは、確かに人魚族の男達だった。人数は5人。下半身は魚で、その鱗は青い。
鎖骨の辺りには魚のエラに当たるであろう穴があり、その肌は陶磁器のように白い。距離があるので目の色までは分からないが、髪色は金や銀、オリーブなど様々だ。しかし髪型は全員リーゼントに統一されており、威嚇のつもりなのか腰を曲げて体を左右に揺らしている。
「人魚族にもチンピラはいるんですね……」
ヴァインが心底失望したような表情で呟いた。きっと自分も同じ顔をしているに違いない。
「まかりなりにも人魚族だから、全員美形なのがまたひどいね」
冷めきった目で見ながらフェリルがそう評価する。距離を取ってる自分達でもこれだけ精神的ダメージを受けているのだから、間近で対面している2人の衝撃は計り知れないだろう、とアクアは思った。それでも祭壇の2人は、抱き合って怯える演技をしっかり続けている。
やがて、品定めをするように見ていたリーダーらしき男が口を開いた。
「おうおうおう! 予定の女と違うが、こっちも上玉じゃあねえか!」
「……っ」
「アクア、顔を手で覆わないで。現実見て」
声が大きいので、上質な弦楽器を思わせるような澄んだ声が、こちらまで届く。
「俺、こんな酷い仕事初めてだ……」
「安心して下さい。間違いなく全員同じです」
ヴァインに背中を励ますように叩かれ、アクアは嫌々ながら顔を上げる。自分を鼓舞するように聖印を握ってから、背負っていた剣を抜いた。そろそろ出番だと走ろうとした瞬間、手を伸ばした男を避けるように、祭壇の2人が飛び退いた。
「ばぁーか!」
ガデスが心底馬鹿にしたようにそう言ってから、2人でこちらに走ってくる。子供か、とヴァインが呆れたように呟くのが聞こえたような気がした。
罵られた男達は一瞬呆けていたが、すぐに顔を怒りの色に染める。
「このアマ、下手に出てりゃあ調子に乗りやがって!」
「なめんじゃねえぞオラァッ!」
口々に美声で罵りながら追ってくる。完全に頭に血が上っているようで、海から引き離されていることには気付いていない。そのまま2人はアクア達がいる倉庫の間を走り抜け、男達がそれに続く。
最後尾の男が通過したのを見計らって、2人は立ち止まって振り返った。それに合わせて止まった男達の背後に、アクア達が立ち塞がる。
「なッ、なんだテメェら!」
「冒険者だ。お前らの退治を頼まれた」
直視したくないのを我慢しながら、アクアはそう宣言した。目が合った男が眉根を寄せて睨み返してきたが、無視をする。
「レディへの礼儀を知らないような阿呆どもには、きっちりお仕置きですわ!」
そう言いながら、アルテミスがハルバートを振り回してから構える。護衛に選ばれただけあってなかなかの槍さばきだ。
「おもしれぇ……俺らぁ女子供でも容赦しねえ、吠え面かかせてやらぁ!」
リーダーらしき男の怒号を合図に、男達が武器を構える。獲物は皆同じ三つ叉の槍だ。
最初に先ほど目が合った男が動いた。ゆっくりとアクアに近付くと、いっそう睨み付けてくる。
「やんのかこらぁッ!」
「……」
それは今更言うセリフなのかと思いつつ、アクアは目を反らすのも癪なので睨み返した。視界の端で、仲間の戦う様子が見える。
「コンブみたいな剣で勝てると思ってんのかオラァ!」
プラチナブロンドの男が槍を突き出す。反論するのも面倒になったのか、ヴァインは無言で半身を引いて避けると、槍を狙って剣を振った。槍先を剣で絡めとり折ろうとするが、男は巧みに槍を捻り解き、距離を離す。しかしヴァインが投げつけたナイフが、槍を持つ腕に刺さった。男が痛みに怯んだ隙にヴァインは距離を詰める。足払いで転ばすと上に乗り、首元に剣を突きつけた。
ガデスが相手にしているのは、オリーブ色の髪の男だ。巧みに鞭を振るうが、男がそれを槍で捌くため、かすり傷程度しか与えられていない。
「遠くからチマチマとウゼェんだよ!」
ガデスが鞭を引き寄せるのを見計らって、男が間合いを詰める。
「んじゃ、近くからで!」
ガデスはそう言いながら槍を振りあげた男の懐に素早く潜ると、鳩尾に持ち手を捻り込む。体をくの字に曲げた男に鞭を巻き付けると、その背後から蹴り倒して踏みつけた。
「ッええい、埒があかねェッ」
睨み合っていた銀髪の男がそう叫んだ声で、アクアは意識を目の前の相手に戻した。
突き出された槍を剣で受け止める。相手は体重を乗せて槍を押しているようだが、受け止めた剣はびくともしない。更に男が力を込めるのに合わせて、アクアは剣を引いた。力の均衡が崩れてよろめく男の後頭部に、力加減を注意しながら柄頭を打ちおろす。男はよろめいた勢いでそのまま倒れ、起き上がらない。うまく気絶させられたようだ。
視界の隅を黒いものが横切ったのでアクアがそちらに目を遣ると、薄茶色の髪の男の攻撃を、フェリルが大鎌で受け流しているところだった。体ごと大鎌を振るうので、まるで舞っているようだ。
「調子乗んなぁッ!鳥風情が魚に勝てると思ってんのかゴルァッ」
軸にしていた足元をめがけて突き出された槍を、フェリルは軽く羽ばたいて避ける。
「自分で魚って言うの?」
ツッコミを入れながら、下ろしていた大鎌を振り上げると、柄が地面に刺さった槍を抜こうとする男の顎もとを強打した。くぐもった悲鳴を上げた男は仰向けに倒れ、頭を打って気絶した。
アルテミスは、リーダーらしき男と金髪の男を同時に相手していた。倉庫の壁を背に、次々突き出される槍を巧みに捌いている。
「二人がかりは卑怯ですぅ、とでも言ってみるか、アぁンッ?」
金髪の男の挑発を受けたアルテミスが不敵に笑うと、唇から鋭い犬歯が覗いた。加勢しようと動き出したアクアを一瞬だけ見て、口を開く。
「即巻き返しますわ! ねえアクア?」
そう言われ、金髪の男が慌ててこちらを振り返ろうとする。その側頭部を、容赦なく振り抜かれたハルバートの鎚が襲った。金髪の男は声もなく吹っ飛び、隣にいたリーダーを巻き込んで倒れ込む。頭から血を流して気絶した仲間に顔面蒼白で呼びかけるリーダーの喉元に、アルテミスが槍先を突きつけた。
「さ、お縄に付きなさいまし」
敵に回したくない。
にっこり笑って勧告するアルテミスを見て、アクアは素直にそう思った。
(6に続く)