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アルテミスとガデスは人魚姉妹に連れられて、早速代役の準備に取りかかった。フェリルは脅迫者に差し出す意志が分かるよう、村長らとともに生け贄用の祭壇を作っている。
アクアは特に役目が見いだせず、ヴァインとともに代役の完成を待っていた。
「--そういえば、昨日の手合わせはどうだったんだ?」
他に話題が思いつかず、アクアは気になっていたことを聞いてみた。
「……二回りの体格差が響きました」
苦々しい顔でヴァインはそう答える。言葉の意味を察するに、竜状態での殴り合いまでいったようだ。
「実際のところ、酔っぱらってても変わらないんですよ、アレは」
いつも通りの体裁きだったと、ため息混じりに言う。常識外れに強く、一度も勝てたことがないのだそうだ。
せっかくなので、アクアはもう一つ、気になっていたことを聞いてみる。
「ヴァインは、ザックス=グレイヴ--父親のこと好きなのか?」
わざと意地悪く直球で聞いてみる。即座に否定してくるかと思ったが、ヴァインは少し考え込んでから答えた。
「アレ--あの人は……私の目標、ですね」
素直な答えが返ってきたことに、アクアが拍子抜けしたような顔をすると、ヴァインはそれを見て僅かに笑みを浮かべた。
「師匠で、なにより命の恩人ですから。いい加減で適当ですが、決めるところは外さない人です」
まあ本人には内緒ですが、と付け加える。話す様子はとても誇らしそうだ。
アクアはそれを見て、子供の頃に幼なじみが、いつか父のような剣士になるのだと話していたことを思い出していた。海色の目を輝かせてそう話す彼も、とても誇らしそうだった。
今頃彼は、村を出て剣の道を目指しているのだろうか。
「--アクアは、誰か目標にしている人はいるんですか?」
「え? うーん……」
聞き返されて、アクアは考え込んだ。幼い頃は自分も両親を目標にしていた気がする。しかし、神官の道から転落してからは自分のことだけで精一杯で、目指すどころか、便りをしばらく送ってなかったことを、今更ながらに気が付いた。
「今のところは、特にいないな」
同じ冒険者としてザックス=グレイヴは憧れるが、と言うと、ヴァインは僅かにはにかむ。
「まあ、戦闘技術においてはだけは、見習っていい人ですよ、アレは」
そう言うと彼は、祭壇の方を見てくると立ち去った。自慢の養父を褒められて照れたようだ。
微笑ましさを感じながらその背中を見送っていると、背後で扉が開く音がした。振り返ると、準備が終わったアルテミス達が出てくるところだった。
アクアは声を掛けようとして、口を開けたまま固まった。
「あら、どうしましたの?」
「あ、いや--」
見知った顔に混じって、見知らぬ女性がいる、と思った。
背はすらりと高く、意志の強そうな碧眼も相まって凛とした印象を与える。柔らかそうな青みがかった銀髪は、日の光できらきらと輝いている。女性は呆気に取られているアクアを見ていたずらっぽく微笑むと、アクアの目前まで近付いてきた。
背がほぼ同じなため、顔が間近に来る。長い睫に縁取られた瞳で見つめられ、心拍数が勝手に上がる。
「あれ、ほっぺた赤くね?」
「う、あ、その--ぎゃ、ギャップってのは凄いな!」
慌てて顔を逸らして、アクアは誤魔化した。声は変わらず確かにガデスなのだが、見た目は完璧に女性だ。ガデスはにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべて、アクアの顔を覗き込もうとした。しかし、いつの間にか隣に来たアルテミスに引っ張られ、二人の距離が少し空く。
アクアは内心ほっとしながら、何故か警戒の目で睨んでくるアルテミスを宥めるように、2歩後ろに下がった。
「こ、これなら脅迫者も引っかかるな、うん」
化粧の力は凄いんだなーなどと頷いてみる。どうやって敵対心を減らしたものかと考えていると、人魚姉妹が来て、頭を深く下げた。
「私達のために、手を貸して下さってありがとうございます」
「それなのに、厚かましいとは思うのですが、お願いがあるのです」
お願いと聞いて、アルテミスの視線が人魚姉妹に移る。人魚姉妹は躊躇いながら、願いを口にした。
「できる限り、殺さずに捕まえていただけないでしょうか」
説得しろとは言わないので、と再び頭を下げる。アクアはそれを快諾し、アルテミスとガデスもそれに従った。
(5に続く)