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 翌朝、早めに朝食を採ってからアクア達はマヨルド村に向かった。自警団の巡回の賜物か、道中は魔物に遭遇することもなく、順調に村まで歩くことができた。

 朝の仕事が終わって一段落したのか、村人たちは世間話をしながら、漁に使う道具の手入れをしている。その光景は、脅迫騒ぎが嘘ではないかと思えるほどにのどかだ。


「ガデスお兄様、あのフォーク付きスコップみたいな物は何に使いますの?」


「え、どれだアル。--ああ、海底の貝とかを採るんだよ」


 あまり漁村に来たことがないのか、アルテミスは知らない道具を見ては、ガデスに質問をしている。その様子は仲の良い兄妹のようで微笑ましい。


「そういえば、アルテミスがザックス=グレイヴと会ったきっかけって何だ?」


「あら、アルってお呼びいただいて結構ですわ。--昔、しつこいナンパに困ってたところを、ガデスお兄様に助けてもらいましたの」


 白馬の王子様みたいでしたわ、と頬を染めてうっとりと言う。当のガデスは「そんなこともあったなー」などと意に介してない様だが。

 それで妙にガデスには親密な態度で「お兄様」呼びなのか、などと納得していると、村長の家に着いた。

 用件を告げると招き入れられた後、関係者を集めるから、と待たされた。村長が集めたのは壮年の漁師の男とその妻、そして2人の若い女性だった。


「俺らが漁に出ようと船着き場にいったら、こんな物があったんだ」


 そう言って漁師の男は板切れを見せた。板切れには刃物かなにかで汎用語が刻まれている。その内容は依頼どおり、若い娘を2人差し出せというものだった。さらに、逆らえば全ての船を沈める、と脅迫文が続いている。


「実際、船が1隻壊されててねぇ。古い船で使われてなかったのが幸いだったけどさ」


 次はどうなるか、と心配そうに漁師の妻は話す。漁に出るにも養殖場に行くにも船は必需品だ。


「……村には、若い娘は私達2人しかいません」


「村が助かるのなら、私達2人が行けば、と考えているのですが……」


 鈴のような綺麗な声だ、そうアクアは思った。

 女性は2人とも、漁村の人間にしては珍しく肌が陶磁器のように白い。顔立ちが似ているところを見ると姉妹のようだが、片や金髪碧眼、片や銀髪紅眼と、髪と目の色が違う。


「もちろん儂らはそんなこと望みませぬ。そこで、犯人を見つけて退治してもらえればと」


 そう村長は言い、何かをアクアに手渡した。よく見ればそれは大きい鱗のようだ。日にかざすと、光の加減で青から緑に色が変わる。


「それは、壊された船に付いていた物です。犯人の手がかりになるかと思います」


 確かに、特徴的な鱗だ。


「サハギンではないな。サーペントとかか?」


 言いながらアクアが鱗を日に透かして見ていると、金髪のほうの女性がおずおずと声を掛けてきた。


「あの、その鱗。少し見せていただけませんか?」


 言われるままに手渡すと、銀髪の女性とともに何か考え込むように鱗を見つめ、やがてためらいながら口を開いた。


「これは……人魚族の鱗だと思います。--いえ、間違いなく人魚族のものです」


 その言葉を半信半疑で聞きながら、アクアは返された鱗を見る。


「人魚族とは、滅多に里から出ず人前に現れないのでは?」


 ヴァインの言葉にアクアも頷いた。かつて人との交流があったため、使っている言語は汎用語で、人と共存している里もあるらしいが、基本的に生まれ故郷から出ない種族だったはずだ。当然、目にする機会もほとんど無い。


「海の底を捜しまわったんならともかく、普通ならまずお目にかかれないのに、よく分かるな」


 ガデスの疑問に、銀髪の女性が答えた。


「ええ。私達も……人魚族ですから」


「え?!」


 まさか、と思い村長を見ると、村長だけでなく漁師の夫婦も頷いていた。


「彼女たちは、半年前の大嵐の時に漂流してきましてな……」


 確かに、大きな嵐がこの一帯を襲ったことがあった。ペルキアの港で自警団員に混じって奮闘したことを思い出す。ガデス達が来るよりも前のことだ。

 村長が言うには、大嵐で漂流してきた人魚姉妹を治療し、傷が完全に癒えるまではと村で世話をしているのだそうだ。言われてみれば、肌が陶磁器のように白いのも、声が綺麗なのも、人魚族の特徴だった気がする。彼らの下半身は魚の尻尾だが、2本足に変化させることもできたはずだ。


「恐らく、私達を同族だと分かったうえで、この要求をしてきたのだと思います」


「だからこそ、お世話になった方々にご迷惑を掛けるわけには--」


 人魚姉妹の言葉を、アルテミスが手を上げて遮った。顔には怒りの色が浮かんでいる。


「仲間を取り戻すのに、「差し出せ」なんて言いますの?」


「それは--」


 目を伏せて口ごもるところを見ると、仲間が迎えに来たとは考えていないようだ。その様子に、アルテミスはため息を吐きながら頭を左右に振った。


「レディを呼ぶのに脅しをかけた挙げ句に「差し出せ」なんて、失礼なことこの上ないですわ!」


 とんだ愚男ですわねッ、などと憤慨している。

 確かに人魚族には男もいるが、犯人がそうとも限らない。しかし指摘すると同じ勢いで怒られそうなので、アクアは口を閉ざして曖昧に頷いた。ヴァインもフェリルも同じような反応をしている。


「ガデスお兄様もそう思いません?!」


 どういう反応をするのか気になってガデスを伺い見ると、彼は力強く頷いていた。


「まったくだな。女性を呼ぶなら、それ相応の礼儀ってもんがあるだろ。魚る--んんっ、失礼だよな!」


 うっかり失礼なことを言いかけて誤魔化したようだが、聞かなかったことにする。幸い他の人は気付いていないようだ。


「ええと、それで、どう捜そうか」


 人魚姉妹の安全を考えると、水中で息ができる魔法を使って海の中を捜すしかない。そう考えていると、アルテミスが自信ありげに提案した。


「お二人の代役でおびき寄せれば良いのですわ。そして出てきたところを、一網打尽にすれば完璧です!」


 拳をぐっと握り力説する。確かにそれが一番良い手だが、一つ問題があった。


「それは、誰が代役を務めるんだ--?」


 5人の中で女性はアルテミス一人だけだ。となれば、誰かが女装をする羽目になる。

 その役目が自分に来そうな気がして、アクアは恐る恐る聞いた。


「そりゃ、俺とアルじゃね?」


「え?!」


 ガデスがあっさりと言う。信じられないといった顔でガデスを見ると、首を傾げられた。


「なんだ、その「何言ってんだこいつ」みたいな顔は。もしかして自分がやろうと--」


「いやいやいやいや、全然思ってない!」


 アクアは慌てて否定するとともに、お前しかいない、と後押ししておく。危うく藪蛇になるところだった。

 話がおかしな方向に進まぬよう、アクアは早急に依頼に取りかかることにした。

 

(4に続く)

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