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 ひとしきり息子たちを構って満足した後、ザックスは話したいことがあるから、とアクアたちを食事に誘った。親子水入らずを邪魔しては悪いと思ったが、アクアにも用があるのだと言う。

 一方見慣れぬ少女は、ザックスらが一緒にあちこち渡り歩いていた時からの知り合いなのだと、フェリルが紹介をしてくれた。


「彼女はアルテミスといって、風の女神の神官だよ」


「神霊協会のアルテミスと申します。以後お見知り置きくださいませ」


 アルテミスはそう名乗ると、裾にレースをあしらった法衣の裾を摘んで淑やかにお辞儀をする。動きにあわせて三つ編みにされた蜂蜜色の髪が揺れた。濃紅の瞳は熟成が進んだ葡萄酒を思わせる。

 神霊協会は宗派を越えた神職者達の集まりで、各地の神殿や教会が名を連ねている。協会では有事の時に派遣できる人材を抱えており、彼女もその中の一人のようだ。かつて大司教殺害の容疑をかけられたアクアは、それを聞いて一瞬身構えたが、彼女の目的は全く別のものだった。


「魔神が2度も人里に突如現れた件について、調査団が組まれることになってな」


 ジョッキの麦酒を一気に飲み干し、ザックスはそう切り出した。


「随分動きが早いんだな」


 冒険者協会は、支部と本部を繋ぐ小型の転移魔法装置を使って、素早く連絡を取っている。転移魔法は運ぶものが大きくなるほど難易度が高くなるらしいが、書簡程度なら難なく送れるのだそうだ。しかし、フェリルが報告書を出してから一週間も経っていない。アクアはその行動の早さに感心したのだが、ザックスは当然だと言う。


「そりゃ、遺跡にでも潜らない限り一生遭遇しないようなのがほいほい湧いちゃあな。ここの自警団は練度が高いほうだが、それでも怖ぇ相手だろ」


 ここは冒険者もあまり来ないしな、と続ける。アクアが首を傾げると、新たな麦酒を運んできたゴードンが説明をしてくれた。


「自警団が近隣の問題も解決できるくらい活発だろ。だからこっちに来る仕事が少ねぇんだ。受けられなかった依頼だってあっちに回るだろ?」


 確かに自警団が精力的に近隣の治安を守っているのは知っていたが、それが理由で冒険者が少なかったとは。ペルキアでしか仕事をしたことがないアクアは、自分の世界が思いの外狭いのだと気がついた。素直にそう告げると、ザックスは快活な笑い声を上げた。


「根を張って暮らすのも悪かぁないけどな、あちこち旅して回るのも良いもんだぜ?」


「なるほど……」


 それも良いかもしれない、と頷いていると、アルテミスが話題を戻した。


「それで、一刻も早く原因特定をするために、ユグドラシル自治領と冒険者協会、神霊協会が合同で調査をすることになりましたの」


 急ぎということで、冒険者協会は近隣にいた熟練の冒険者としてザックスを、神霊協会は一番現場に近い所にいたアルテミスを派遣したのだという。


「ああ、ユグドラシルは自治領から出発だから、時間掛かってんのか」


「ですわ」


 ユグドラシル自治領からは魔神研究や遺産研究などの学者が3人来るらしい。調査は学者達が中心に進めることになっており、ザックスとアルテミスはその護衛を務めるということだった。


「まあ、学者先生が来るまでは俺らは待機だな」


 何杯目か分からない麦酒を涼しい顔で飲み干してからそう言うと、ザックスは不意に表情を引き締めた。


「--で、実際どうだった。2回ともお前らが倒したんだろ?」


 何か気付いたことはないか、というザックスにフェリルが答える。


「どっちも出現の瞬間を見た人はいないね。出現箇所は教会近くで、村の神父はいずれも死亡。魔神2体に伝承などの共通点はない。被害は断然、2回目の方が大きいね」


 話を聞きながら、アクアは"火放ち鳥"を倒した時のことを思い出していた。その時に借りたのは、死亡した神父の剣と盾だ。魔神を倒したことで、少しは彼の魂に安らぎを与えられただろうか。

 一通り状況を聞いたザックスは頷くと、難しい顔で手帳に目を落としているガデスに向き直った。


「ガデス、お前は魔神が何かの原因で湧いたか--誰かに喚ばれたか。どっちだと思う?」


 聞かれたガデスは、少しの間考え込んでから答えた。


「……可能性としては、喚ばれた方が高いと思う。あくまで、俺の予想だけどな」


 その言葉に、場の空気が重くなった気がした。魔神は古の時代に神々と戦った敵であり、もっとも忌むべき存在だ。そんなものを召喚しようとすれば、それこそ神霊協会が黙っていない。


「--まあ、禁呪だから方法は厳重に隠されてるし、魔神の真の名前を知らないとダメなんで、それも難しいけどな」


 調べてみないとなんともなー、と空気を変えるように軽めの声で締めくくる。ザックスは頭を掻くと、肺に溜まった重い空気を追い出すように息を吐いた。


「そりゃそうだな。学者先生が来るまでは考えないでおくか」


 アルテミスも頷いて同意する。


「それまでは、せっかくですから町を見て回るのもいいですわね」


 順調に進んでいれば2・3日中には合流ができるはずなのだという。関係者であるアクア達も、調査団が正式に動き始めるまでは、気にせず自由に仕事をして良いということだった。


「お、そうだヴァイン手合わせしようぜ。父ちゃんが日々の精進ぶりを見てやろう」


 酒飲んでても負けないしな、とザックスがからかうように言うと、ヴァインが癪にさわった様子で、久々に口を開いた。


「ふん。酔っぱらいが調子に乗るとどうなるか、思い知らせてやる」


 じとりと睨みつけると、ヴァインは剣を手に立ち上がる。いつも通りの丁寧な口調でゴードンに食事の礼を言ってから、ザックスとともに宿を出ていった。


「--相変わらずですわねー」


「だねぇ」


 神官二人はその様子を何故か微笑ましそうに眺めている。アクアは隣のガデスに、小声で気になっていたことを聞いてみた。


「あの二人は、顔を合わせると常にあんな感じなのか?」


 最近まで一緒に旅をしていたにしては、仲が悪そうに見える。ヴァインがあれだけ敵意をはっきり表に出すのは珍しい。ガデスにそう言うと、彼はにやにやと人の悪そうな笑みを浮かべた。


「違うんだなー、アレは。好きだけど素直になれないっていうか、好きだから突っかかっちゃうツンデレ? 的な」


 意外に子供っぽいとこあるんだよなと、にやにやしながら言う。いきなり抱きつくのは子供っぽくないのか、ともアクアは思ったが、口には出さないでおいた。


「父さんがからかうから、よけいに噛みつくんだよねぇ。お互いに良いストレス解消になってるみたいだけど」


「そんなものなのか……」


 アクアが首を傾げながらも納得していると、ゴードンが難しい顔をしてやってきた。手には1枚の依頼書を持っている。彼は明日でいい、と前置きをした上でアクアの目の前に依頼書を置いた。ガデスやフェリルだけでなく、アルテミスもそれを覗き込む。


「さっき、入った仕事なんだが」


 依頼書には、若い娘を差し出せと何者かに脅され困っている、という内容が書かれている。依頼主はマヨルド村の村長だ。マヨルド村は、歩いて4時間程の所にある漁村だ。入り江に面しており、波の影響を受けづらいことを活かして牡蠣などが盛んに養殖されている。


「明日の朝に出てもらえりゃ、昼には着けるだろ」


 ゴードンの言葉にアクアは頷いた。フェリルとガデスも異論はないようだ。


「ヴァインには、後で俺から言っとくわ」


 多分しばらく戻ってこないんで、とガデスが付け加える。手合わせが過熱すると、最後には竜同士での殴り合いになるのだそうだ。親子喧嘩でもしたら巨獣大決戦か、などとアクアはその光景を思い浮かべた。


「--あの」


 声を掛けられ我に返る。振り向けば、アルテミスが手を控えめに上げている。


「私もご一緒させて下さいな」


 足手まといにはならないし、無償でかまわない、と言う。


「調査団が動けるまで時間がありますし、困っている女性は見過ごせませんわ」


 にっこりと微笑むアルテミスを見て、アクアは眩しさと憧憬を感じた。


(3に続く)

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