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 扉を開いた音に反応して、店主のガルシアが顔を上げる。鍛冶職人でもあるドワーフは、客がアクアであることに気が付くとカウンターから身を乗り出した。


「おうおう、自警団を救った英雄じゃねえか!」


「英雄じゃない」


 嫌そうに顔をしかめるアクアを気にせず、ガルシアは我が事のように誇らしげに話す。


「みんなを逃がすため、単身で魔神に立ち向かったんだろ? なかなか出来ることじゃねえ」


 実際は、逃げようとしたが退路を断たれたので、立ち向かうしかなかっただけなのだが、そう正直に説明しても謙遜として取られただけだった。

 エッケ村に現れた魔神"火放ち鳥"をアクア達が倒してから4日が経った。生き延びた村人達は、今日から村に帰って復興を始めているはずだ。

 結果的に魔神に立ち塞がった形になったアクアは、自警団を始めとした一部の人々から英雄ともてはやされていた。しかしアクアには過大評価としか思えず、そう言われるたびに顔をしかめては否定するのだった。


「偶然そうなっただけで、英雄なんて言われるような立派な人間じゃないんだよ、俺は」


 服の中に隠した聖印を触りながら、本心からそう言う。過去に向き合う覚悟が持てずに立ち止まってる人間の、どこが英雄なのか。


「意外に謙虚だねぇ。お前さんが沢山の人を助けたのは事実だろうに。常々お前さんの剣の面倒見てやってた俺は誇らしい--」


 そこまで言って、ガルシアはアクアが手ぶらなことに気が付いた。


「なんだ、今日は剣の修理に来たんじゃねえのか?」


「いや、あの大剣は……溶けてな」


 言いづらそうにアクアは答えた。丁寧に面倒を見てもらっていたので、少し申し訳ないのだ。


「は? 刃が溶けたくらいなら、まだ手を掛けりゃ--」


「いや……こんなんだし」


 ガルシアの言葉を遮って、アクアは財布から小さな塊を出してカウンターに置いた。


「……なんだ、こりゃ」


「だから、魔神に溶かされた大剣の、なれの果てだ」


 アクアの言葉に、ガルシアは陸に揚げられた魚のように口をパクパクさせて絶句している。自分でも見るたびに背筋がぞっとするので、気持ちは分かる。そう思いながら、アクアは新しい剣を見繕うために店内を見回した。

 武防具を扱うガルシアの店「リヴァイアサン」は港町ペルキアで一番の老舗だ。店内にはガルシアの眼鏡に掛かった品が多種並んでおり、その品質と品揃えの良さに惚れ込む客は多い。

 アクアは小剣から大剣が並ぶ一角に目を付け、じっくりと見ることにした。慣れを考えると大剣が一番なのだが、さすがにアクアの背丈と同じ長さの剣はない。注文するという手もあるが、出来上がるまで時間が掛かるのが問題だ。それならばせめて近い大きさの剣が欲しい。


「魔法の剣とかないかな……」


 ガルシアは未だ立ち直っておらず、アクアの呟きは聞こえていないようだった。

 魔法が掛けられた剣は遺跡で見つかるほか、高位の附術士が作ることもある。刃こぼれなどの劣化が起こりづらくなるだけでなく、「炎や雷などを纏う、鉄も紙のように切る、といった高性能の物も多く、高値で取り引きされる。

 しかし価格に見合った価値は十分あると、魔法が付加されたヴァインの剣を見せてもらったアクアは思う。刀身の強度強化の効果しかないとヴァインは言っていたが、持たせてもらった剣には一点の曇りも歪みもなく、一生物と言えそうな代物だった。


「ひとまず、丈夫そうな物を選ぶか--」


 羨ましくても無い物は仕方がない。そう割り切ってアクアが手近な長剣を手に取った時、新たな客が店に入ってきた。

 アクアはなんとなく目を遣り、息を飲んだ。

 店に入ってきたのは、長い包みを手にした、漆黒の髪に金色の目をした男だった。体躯は鋼のように鍛え上げられており、背丈は長身なヴァインより更に頭半分程有りそうに見える。戦斧を背負い、腰には短剣を下げているが、どちらも人目で只ならぬ逸品だと分かる。しかし何よりアクアの目を引いたのはその存在感だ。

 泰然と立っているだけで敵は畏怖し、共に戦うものは鼓舞されるだろう。こういう男こそ、英雄と呼ばれるにふさわしい。

 ごくり、と自身の喉が鳴る音でアクアは我に返った。知らぬうちに男を凝視していたようだ。

 男はカウンターへ真っ直ぐに向かうと、アクアと同様に男を見つめているガルシアの目前に、手に持っていた包みを置いた。


「遺跡で拾った剣だ。売りたいんで鑑定してくれねえか、旦那?」


 呼びかけられて正気に戻ったガルシアが慌てて包みを解くと、一振りの剣が出てきた。装飾のない幅広の長剣で、鞘から抜かれた刀身は光を反射して正午の太陽のように輝いた。

 ガルシアは剣を見て息を飲んでいる。アクアはその輝きに目を奪われ、思わずカウンターに駆け寄った。


「そ、その剣! 俺に売ってくれないか?!」


 突然の申し出に、男は振り返ってまじまじとアクアを見下ろした。縦に長い瞳孔を持つ目が、興味深げに輝いている。

 真剣な顔で見上げるアクアから視線を外さず、男はガルシアに問いかけた。


「--旦那、それ売ったらいくらになる?」


「え?! こりゃ、なかなか--難しいぞ」


 明言を避けたのは、アクアでは手が出ないほどの金額になるからだろう。男は頷いて、さらに問いを重ねる。


「旦那なら、それ買うかい?」


「そりゃ、もう! --あ、いや、うーん……」


 断言してから、ガルシアは口ごもった。何とかアクアが買えるよう、考えを巡らせてくれているらしい。男はそんなガルシアの様子を見て、にやりと笑う。人好きのする笑い方は、何故かガデスを彷彿とさせた。


「兄さんは冒険者か?」


 唐突に聞かれてアクアは言葉が出ず、ひとまず頷いた。男はそれを見て、ぱん、と手を打った。


「じゃ、こうしよう。俺ぁその剣を旦那に売る。んだが、やっぱり惜しくなって買い戻す。で、兄さんに頼みごとして、その礼に剣を渡す」


 これで落着だろうという男に、ガルシアは唸って悩みこみ、アクアは慌てて首を横に振った。


「いやいやいや、それじゃあんた損してるだろ!」


「なんだ兄さん、お人好しだな」


 こりゃ譲りがいがあると続ける男に、ガルシアが剣を差し出した。財布を出そうとするのを押し止め、断言する。


「俺は、今日は剣の鑑定なんぞしていない。だからそんな剣は知らねえ」


 そいつに渡したけりゃ勝手に渡せ、と男に剣を押しつける。目を丸くして剣を受け取った男は、我に返ると豪快に笑いだした。


「あっはっはっはっは! いいねえ旦那、あんたもお人好しか! んじゃ、代わりに何か買わせて貰うか!」




 男は投擲用のナイフを大量に買い込み、アクアを伴って店を出た。頼みごとがあるのは本当なのだと言いながら、有無をいわさず剣を渡す。

 アクアは恐縮して金を出そうとしたが、受け取ってもらえなかった。


「俺はこの町は初めてでな。冒険者協会に入ってる宿に行きたいんで、案内してくれ」


 冒険者か聞かれた理由に納得しながら、アクアは男を「陸の海鳥」亭に案内した。

 扉を開けると、麦酒を傍らに、剣の手入れをするヴァインが見えた。ヴァインはアクアに気付き顔を上げる。


「お帰りなさい。良い剣は見つかり--げ」


 穏やかだった表情が、言葉の途中で嫌そうな顔に変わる。

 あまりに珍しい反応に戸惑っていると、連れてきた男がアクアの横を音もなくすり抜け、ヴァインに駆け寄った。逃げる間も与えず首根っこを捕まえると、その頭を荒っぽく撫でる。


「よう、ヴァイン! 寂しがったりしてなかったかー?」


「はぁ?! 寝言は寝てから言え、頭を撫でるな!」


 いつも冷静沈着で表情をほとんど変えないヴァインが、怒りながら男から逃げようともがいている。

 首を傾げながらその光景を眺めていると、背中をつつかれた。

 振り返ればフェリルとガデスが、見慣れない少女とともに立っている。


「どうしたの、アクア」


「あ、いや--」


 どう説明したものか困り、アクアはひとまず扉の前から退いた。ガデスは中を覗き込むと、目を輝かせて男に駆け寄り抱きついた。


「親父、久しぶり!」


「おう! 元気そうだなガデス!」


 その光景に苦笑を浮かべながら、少女とともに男の側に行くフェリルと入れ替えに、やっと解放されたヴァインが退避してくる。

 アクアは状況が飲み込めないまま、頭を撫でられているフェリルを見ていたが、ガデスのセリフを思い出し、ヴァインに訊ねた。


「あの男って、もしかして……"黒鉄の大斧"か?」


 乱れた髪と服を直しながら平静を取り戻したヴァインは、眉間に深い皺を寄せながら答えた。


「ええ。--養父の、ザックス=グレイヴです」


(2に続く) 

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