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第2話 天才の死

 ビューティフル・パパは、すくすくと成長し、人類史上最大の天才になりました。その証拠に、成人するまでにノーペル六賞のうち、五賞を受賞したのです。そのうち物理学賞と文学賞は同時受賞なんですよ(発明した装置の取扱説明書があまりに文学的だったため)。こんなすごいことってあるでしょうか。ノーペル賞を創始したノーペルですらそんなことはできなかったのですから!

 ノーペル賞とは、ドイナマイトという強力爆薬を発明したノーペルが創始した賞で、物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、経済学賞、文学賞、平和賞の六つの賞があります。ノーペル賞を個人として二つ以上受賞した人は、ビューティフル・パパ以前には一人もいませんでした。そしてこれからもいないのではないでしょうか。いや、もしかしたらあの人がとるかもしれませんが、そのお話はまたあとでしましょうね。

 さて、ビューティフル・パパが受賞していないのは、平和賞だけとなりましたが、平和賞受賞も時間の問題だろうとだれもがうわさしました。

 ビューティフル・パパは、二四歳のときにおさななじみのビューティフル・ママとできちゃった結婚。ビューティフル・ママは思春期になると「神ですら二度見する」と町内でさわがれたほどの美人だったので、世界じゅうの男の人がうらやましがりました。そうして御令嬢のビューティフル・ガールちゃんが誕生しました。誕生日は十月十日です。

 悲しい事件が起こったのは、ガールちゃんもうまれ、東京デラックス大学のワンダフル・プロフェッサーにも就任し、公私ともに充実していた桜の季節のことです。

 ビューティフル・パパは、ノーペル平和賞をねらいにいった発明品「イービル・リムーバー」の完成を目前にしていました。イービル・リムーバーとは、人間から悪の心をとりのぞく画期的とも革命的ともいえる装置です。これが完成すれば、世界から悪い人間はいなくなり、いままで人類が達成することを夢見て果たせなかった真の平和がおとずれることになるのです。

 ビューティフル・パパはその日、腹心の友のナイス・ミドルに電話をかけました。

「もしもしもしもし。イービル・リムーバーの試作品が完成したんだが、君で実験することに決定したので今すぐ来てもらいたい」

 ナイス・ミドルは手みやげにイチゴショートをもってやってきました。イチゴショートはビューティフル・パパの大好物なんですよ。腹心の友ならではの心遣いですね。ナイス・ミドルは実験が成功したあかつきにびっくりさせようとおもっていたので、イチゴショートのことはだまっていました。けれど、勘のするどいビューティフル・パパです。ナイス・ミドルが部屋にはいってきたとき「なにかいいにおいがする」とつぶやきました。ナイス・ミドルはあわてましたが、そこへビューティフル・ママがお茶をはこんできたために、そのことはうやむやになりました。

 ナイス・ミドルはビューティフル・ママを三度見すると、顔をまっかっかにしながら「どうぞおかまいなく」と息も切れ切れにいいました。実は、ナイス・ミドルも、ビューティフル・ママのおさななじみで気がおけない仲なのですけれど、ガールちゃんをうんでからますます美しくなってゆくビューティフル・ママを見ていると、どうしてもたにんぎょうぎになってしまうのでした。

 ビューティフル・ママが実験室から出てゆくと、ナイス・ミドルはなごりおしいような、ほっとするような、おかしな気もちになって、ためいきをつきました。けれど、ビューティフル・パパがお茶を飲むひまもあたえず「では実験をはじめよう」とおごそかにいったので、ナイス・ミドルの体にはまたしても緊張がはしりました。なんといってもこれは人類に真の平和をもたらす歴史的な第一歩なのです。

 ナイス・ミドルはそう考えると、すこしこわくなってきました。ビューティフル・パパはそんなことにはおかまいなしにイービル・リムーバーの電極をナイス・ミドルの体にとりつけてゆきます。ナイス・ミドルは緊張で体がぶるぶるとふるえてきました。そこで、そんなに急いで実験せずとも、まずきみの奥さんがいれてくれたおいしいお茶をいただこうじゃないかと提案しましたが、ビューティフル・パパの表情はくらいままでした。

 ちゃくちゃくとイービル・リムーバーのセッティングはすすんでゆきます。ビューティフル・パパが単三の電池を電源部分にいれようとしたそのときに、ナイス・ミドルは緊張にたえられなくなって「実は、イチゴショートを買ってあるんだ」といってしまいました。こういえば実験がいったん中止されるとおもったのです。ビューティフル・パパはその言葉を神の啓示であるかのようにきくと、おおあわてで電池をとりつけ、ナイス・ミドルが指さしている紙袋にとびつきました。いままでのきびしい表情とはうってかわって、あかるくほほえんでいます。

「なぜそれをはやくいわないのだ! さっきのいいにおいはこれだったのだな!」

 ナイス・ミドルは胸をなでおろしました。これで小半時間は実験が先のばしにされるだろう。そのあいだに心の態勢をたてなおそう。そうかんがえたナイス・ミドルは体にとりつけられた八本の電極をとりはずそうとしましたが、ビューティフル・パパに制止されました。

「またつけなおすのは面倒だからそのままにしておこう」

 あてがはずれたナイス・ミドルは、電極をつけっぱなしにしてイチゴショートを食べるはめになりました。ナイス・ミドルががっくりとうなだれていると、ビューティフル・パパは二口ほどでイチゴショートを食べつくしてしまい、

「うまい! イチゴショートはうまい! 一番まずいイチゴショートですらうまい!」

 と、腑におちない理屈をいって、イチゴショート好きを遺憾なく発揮しています。そうしてすぐに、

「さあ、実験を再開しよう」

 とビューティフル・パパは有無をいわせぬ口調でいいました。ナイス・ミドルは一口も食べていません。

「なんだ、まだ食べていないのか!」

 ビューティフル・パパはいらいらしたようすです。ナイス・ミドルはおっかなくなって

「僕は実験がおわってから食べるからあとでいいよ」

 といってしまいました。ビューティフル・パパは軽くうなずいて、イチゴショートをとりあげ、机の上におきました。ナイス・ミドルは心の準備がまったくできていませんでしたが、もうやぶれかぶれです。どうにでもなれとやけくその決心をして、大きく息をすいました。

「では、この赤いスイッチを押すぞ。このスイッチを押せば、きみの心から悪の心はなくなり、かんぜんな善人になるのだ」

「よ、よし、やってくれ――」

 ナイス・ミドルの声はかすかにふるえています。ビューティフル・パパはするどい目つきで赤いスイッチを見つめ、人差し指に力をこめました。

 イービル・リムーバーからしずかなモーター音がきこえてきます。窓の外には、さくらの花びらが舞っています。

 ナイス・ミドルは、散ってゆくさくらの花びらを見て、ほのかな無常感にとらわれました。わたしもあの花びらのようにはかなく人生を終えるのだろうか。わたしはうまれてからつねにビューティフル・パパの後塵をおがんできた。ビューティフル・パパはうまれてすぐに相対性理論を説明したけれど、わたしが相対性理論を理解したのは七歳のときだった。ビューティフル・パパがノーペル賞をとったとき、わたしは審査員特別賞や研究奨励賞などのつまらない賞しかもらえなかった。ビューティフル・パパは「人類史上最高の天才」ともてはやされたけれど、わたしは「人類史上最高の秀才」と愚弄された。そしてなによりもくやしいのが、わたしもおさななじみであるビューティフル・ママをとられたことだ。しかもできちゃった結婚などというふしだらなしかたで! くやしい、くやしい、くやしい! そして憎い。おれはやつが憎い。いくら憎んでも憎みたりない。このままやつの背中を見ながら死んでしまうのはいやだ! そうだ。やつこそ死ぬべきなのだ。そうすればおれが地球上で最強の天才になれる。おれはやつをころす!

 机におかれたイービル・リムーバーの装置から黒いけむりがたちのぼっています。異変に気づいたビューティフル・パパはびっくりして、目盛りを見ました。目盛りはマイナスの方向に大きくふれて、マイナス九〇をさしているではありませんか! これは善の心が減っていって、悪の心が九〇パーセントをしめているという意味なのです。これは一大事です!

 ビューティフル・パパのえいびんな頭脳はすぐにこの原因がわかりました。さっき単三の電池をとりつけようとしたとき、ナイス・ミドルが手みやげのイチゴショートのことを

告げたため、ビューティフル・パパは大好きなイチゴショートに気をとられて、電池のプラスとマイナスを逆にしてしまったのです。だから、イービル・リムーバーは、悪の心をとりのぞかずに、善の心をとりのぞくよう作動したのです。

「きみがイチゴショートのことなどいうからだぞ!」

 ビューティフル・パパはオフのスイッチである青いボタンを押しながらさけびました。でも、電源はぜんぜんオフになりません。回線の一部がショートしてしまって、いうことをきかないのです。目盛りはだんだんと下がっていきます。マイナス九四、九五……。

 ビューティフル・パパは電池をとりはずそうとしましたが、ものすごい高熱を発していてさわることさえままなりません。マイナス九六、九七……。このままだとナイス・ミドルはかんぜんな悪人になってしまいます。はやくイービル・リムーバーをとめなければ!

 ナイス・ミドルは実験台の椅子からおもむろにたちあがりました。きょうあくな目つきでビューティフル・パパをにらみつけると、両手を自分の顔の前にもってきました。ボクシングの基本姿勢です。言い忘れていましたが、ナイス・ミドルは世界ボクシング大会で準優勝の経験があるのです。じゃあ優勝はだれかって? もちろん、ビューティフル・パパです。

 ビューティフル・パパはイービル・リムーバーに気をとられていて、ナイス・ミドルの行動にまったく気づきません。目盛りは下がりつづけます。マイナス九八、九九……。

 そうだ、電極をとりはずせばいいのだ! そう気づいたビューティフル・パパは、ナイス・ミドルのほうをふりかえりました。ナイス・ミドルは強烈な右ストレートをくりだします。ナイス・ミドルのこぶしがビューティフル・パパの顔にあたったかあたらないかくらいの瞬間でした。イービル・リムーバーが雷がおちたような轟音をたてて爆発をおこしたのです。同時にビューティフル・パパの頭ははれつし、のうみそがあたりにとびちりました。

 ナイス・ミドルは笑いました。大きな声で笑いました。体の奥底から快感がわきあがってくるようなおそろしい笑いかたでした。ひとしきり笑いおわると、ナイス・ミドルは机のうえにおいてあったイチゴショートをわしづかみにし、一口で食べてしまいました。それにはビューティフル・パパののうみそがちょっぴりついていましたけれど、そんなことは関係ありませんでした。

 食べおわると、ナイス・ミドルはそのまま気絶してしまいました。ドアのむこうでは、ビューティフル・ママがびっくりしてかけつけてくる足音がしています。

 ビューティフル・ママは実験室のドアをあけました。なかは滅茶滅茶にあれていて、何がおこったのかさっぱりわかりませんでした。ただ、ひとつだけすぐにわかったのは、イービル・リムーバーの目盛りがマイナス九九・九をさしていることだけでした。

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